第70話 見世物じゃないぞ

 少ないが、男爵以上の貴族に限定すると、この程度なのかもしれない。


 試験は、一般的な教養問題と歴史と文化の三種類だった。

 回答時間はそこそこあったので、一応全問埋めておいた。

 回答欄以外に、出身地と爵位と婚約者を記入する欄もある。

 婚約者欄は、丁寧にしっかりと濃く書いておいた。


 試験も終わって、もうお昼前だ。帰るとするか。


 楠の広場で、〈アコ〉と〈クルス〉を待っているが、試験を受けて帰る人が多い。

 数百人、いや千人を超えているように見える。


 来る時はバラバラに来るが、帰る時は同じ時間になるので、大混雑だ。


 目立って、なおかつ、帰る人の波の邪魔にならないように、楠の根元で待つことにする。

 目立つから、チラチラ見られている気がするが、他に選択肢がない。


 先に〈アコ〉が合流した。


 「〈タロ〉様、お疲れ様でした。試験はどうでしたか」


 「〈アコ〉もお疲れ様。一応全部書いたけど、あまり良くない気がする」


 「私は、全部は書けなかったです」


 婚約者欄は、ちゃんと書いてくれたんだよな。


 「それにしても、人が多いな」


 「そうですね。

 《赤鳩》ですと、百人位の定員に、千人以上が受けるらしいですよ」


 倍率十倍か。

 それも、ある程度自信がある人が、受けるはずだから、〈クルス〉は大丈夫かな。


 「〈アコ〉の方は、何人試験を受けたの」


 「今年の《白鶴》は、六人です」


 「少ないな。僕の方も同じく六人だよ」


 「お母様の話ですと、毎年、一学年十五人程度らしいです。

 騎士の子の定員が十人ですから、これで普通ですわ」


 〈アコ〉と話していると〈クルス〉が、小走りに近づいてきた。


 「はぁはぁ、遅くなってすいません」


 「〈クルス〉は奥の方だったから、仕方が無いよ。気にしないで。お疲れ様」


 「〈クルス〉ちゃん、お疲れ様でした」


 「〈タロ〉様も〈アコ〉ちゃんも、お疲れ様でした」


 前から、「ちゃん」だったかな。


 試験の出来具合は、あえて聞かないでおこう。

 終わったことだし、試験結果を見てから、対応は考えよう。


 「皆揃ったから、店に帰るとするか」


 そう言ったものの、すごい人数なので、帰るのに結構時間がかかってしまう。


 店に帰り着いた時には、お昼を大きく回っていたので、簡単に焼き菓子とお茶で昼食を済ませることにした。

 夕食を食べられなくなって、リズムを崩す恐れがあるから、念のためだ。


 〈アコ〉も一応試験を受けたし、人混みで疲れたようなので、早めに西宮に送っていくことにする。

 当たり前のように、〈ハヅ〉と〈リィクラ〉が付いて来るので、〈アコ〉と二人切りにはなれない。


 試験が終われば、〈クルス〉に、お相手をしてもらえる約束になっていたが、見るからに疲れている。

 夕食を食べた後、「おやすみなさい」と言うと、早々に自分の部屋に行ってしまった。


 まぁ、そんなことだろうと思っていたよ。


 〈クルス〉の合否が発表される日になった。


 〈クルス〉は少し緊張しているようだが、僕はもっと緊張している。

 心臓がバクバクいって、息が苦しいような気がする。

 自分の合否の方が、百倍気楽だよ。


 合格発表は早く行くと混むらしいので、お昼を過ぎてから行く事にしたが、これも一長一短だ。


 〈クルス〉も僕も、気になって朝から何も手に付かない。

 お昼ご飯も食べた気がしなかった。


 発表は楠の広場に、即席の大きな看板を作って、そこに張り出してある。


 昼過ぎでも、まだ大勢の人が見に来ている。

 考えることは皆同じだな。


 合格した子は、家族で抱き合って喜んでいるし、落ちた子も家族で抱き合って慰められている。

 悲喜こもごもの光景だ。


 合格者数は、最初に書いてあって、今年の《赤鳩》は百九人が合格となっている。

 この半端な人数に、何か意味があるのか。


 最初から順番に、合格者名を見ていくと、中ほどに〈クルス〉の名前があった。


 やったぞ。


 〈クルス〉に教えてやろうと、〈クルス〉の方を見ると、両手の拳を握りしめて涙ぐんでいた。


 先に自分で見つけていたようだ。


 〈クルス〉の手を引いて、合格発表の看板から離れた場所で、〈クルス〉を抱きしめた。


 ここでは、抱き合うことが、習わしだから、人に見られても問題ないはずだ。


 「〈クルス〉、良く頑張ったな。偉いぞ。流石は僕の〈クルス〉だ」


 僕は、正直ほっとしている。

 〈クルス〉に王都の学校へ行けと言ったのは、僕だからな。

 言った手前、責任がある。


 〈サトミ〉にも言ってしまったが、こんなに受験生が多いとは思わなかった。

 どうしよう。


 今、考えるはよそう。


 「〈タロ〉様、ありがとうございます。私頑張りました。

 少しだけ心配でしたが、本当に良かったです」


 〈クルス〉は、涙ぐんでいたけど、泣きはしなかった。

 試験の手ごたえが、かなりあったのだろう。


〈クルス〉は、やっぱり頭が良いな。


〈クルス〉は、抱き心地もやっぱり良い。


 細身だけど、最近はふっくらと、少しお肉もついてきて、胸も背中も柔らかい。

 髪からは、香木の櫛と林檎のような香りが合わさった、〈クルス〉の甘い匂いがしている。


 「〈タロ〉様、もう落ち着きました。離して下さい。皆さん見ています」


 習わしじゃないのか。問題ないはずだよな。


 「私達、かなりの時間抱き合っていますから、変に思われています」


 そんな長い間、抱き合ってたかな。記憶が混濁している。


 顔を上げて、周りを見ると、〈クルス〉の言う通り、訝しげにこちらを見ている人が何人もいる。


 〈リィクラ〉は、こっちを見ないで、衛士と話し中だ。

 人間が出来ているな。


〈ハヅ〉は、こっちを見ているようで見てないが、顔はニヤニヤとしているのが、不気味だ。


 大方、領地にいる彼女と、想像で抱き合っているんだろう。

 いやらしい。


 僕は泣く泣く、〈クルス〉を開放した。


 見世物じゃないぞ。

 こっちは好きでやっているんだ。

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