第69話 試験当日

 あまり時間が経つと、変なことをしていると勘繰られるから、下に降りよう。


 〈アコ〉は、機嫌が直って、もう怒ってはいない。

 〈リィクラ〉とも、挨拶を交わして、〈クルス〉と話し込んでいる。


 〈クルス〉とは、話し足りないようで、二階の〈クルス〉の部屋に二人で入って行った。

 お友達だからな。久ぶりだし、話が尽きないんだろう。


 必要性がない、僕への対策を相談しているんじゃないだろうな。


 夕食は、七面鳥の丸焼きが有名な店から、料理を運んでもらって、皆でテーブルを囲むことにする。

 入学試験に向けて、滋養をつけるという名目だ。


 腹に色んな野菜を詰めたのを、こんがりとオーブンで丸焼きしたものと、野菜のシュチュ―だ。


 僕が簡単なお祈りをして、夕食が始まった。


 こんな豪勢な食べ物は、皆、初めてのようで、感動すらしていた。


 伯爵だけど、僕も初めて食べる。

 七面鳥がこんなに美味しいものだとは、思ってもいなかったよ。


 餌も含めて、ほぼ自然のままの状態で育てているから、何も臭みがなく、肉が程よく締まっている。

 皮はパリパリ、中の肉はジューシーで、野菜も肉汁を吸って良い味だ。


 肉のうまさは、染み出る脂も重要な要素だが。

 くどく無くさっぱりしているが、滋味に溢れている。


 噛みしめると肉と脂のうまみが、口一杯に広がって、知らないうちに笑顔になる。

 見回すと、皆も一様に笑顔となっている。


 野菜シュチュ―も、隠し味が効いているのか、すこぶるうまい。


 国の文化の中心でもある、王都だけのことはあるな。


 食事の後、〈アコ〉を西宮に送っていった。

 〈アコ〉は、別れ際に「直ぐ逢えますから」

 と言ってたけど、名残惜しそうな顔をしていた。


 〈クルス〉様子を見ようと、二階の部屋をノックしてみた。


 〈クルス〉は、扉を少し開けて、


 「〈タロ〉様、私は試験がありますから、最後の復習をしています。

 〈タロ〉様のお相手が出来るのは、試験が終わってからですので、悪しからず」


 と扉を閉めてしまった。


 連れないな。

 でも、仕方が無い。


 男爵以上の貴族の子弟は、試験は形だけで、名前を書いただけで、いや、名前を書かなくても、合格になるらしい。


 それに引き換え、平民は、受験者数が圧倒的に多いので、狭き門を争う真剣な試験だ。

 少しでも良い点を取る必要がある。


 〈クルス〉が、賢いといっても、慎重になるのは当然だな。

 すごすごと退散だ。


 どんなお相手をしてもらえるのかを楽しみにして、僕も復習をしよう。

〈クルス〉と同じ屋根の下で、同じことをするだけでも、少しは慰めになる。


 ただ、〈クルス〉が、僕と〈カリナ〉の何気ない会話にも、耳をそば立てている気がした。

 〈アコ〉と何か僕のことで、秘密の協議を行ったようだ。


 品性方正な僕を疑うなんて、どういうことだ。


 試験の日がやってきた。


 終われば、〈クルス〉に、お相手をしてもらえる約束だ。


 朝早く、〈アコ〉も一緒に、護衛を含めた五人が、ぞろぞろと学舎町に向かう。

 門を入って楠の広場で別れて、それぞれの試験会場へいざ出陣だ。


 まあ、僕と〈アコ〉は気楽なもんだけど。


 試験会場の《黒鷲学舎》の前で、道に迷っている女子受験生を見かけた。

 高をくくって、下見をしなかったのに違いない。


 小顔で目が大きくて、すごく愛らしい顔立ちをしている子だ。


 「ちょっと君。場所を間違っているよ。女子の会場はもっと右の方だよ」


 「失礼だな君は。僕は男だ」


 と言って、プリプイ怒って行ってしまった。


 あれ、そうなの。とてもそうには見えない。


 〈ハズ〉がニヤッて笑ってやがる。

 なんてヤツだ。


 お前も間違えて「おっ」っていう顔で見てただろう。


 間違いは誰にもある。

 気を取り直して、試験会場の教室に入った。


 試験会場は、三か所あって、一つが男爵以上の子弟用で、二つが騎士爵の子弟用になっている。


 騎士爵の子弟は、厳密にいうと貴族では無いが、準貴族扱いで、試験に合格すれば《黒鷲学舎》に入学できる。


 騎士爵は、貴族の三分の二近くを占めているので、受験人数も多い。

 そのため、平民と一緒でガチな試験らしい。

 真剣な人の邪魔はしないように気を付けよう。


 教室の中を見渡すと、思い思いの場所に、パラパラと三人座っている。

 こんなに少ないのか。


 その内一人は、先程場所を教えてあげた、目が大きい小顔の子だ。

 入ってきた僕を見て、露骨に顔を背けた。


 照れているのかな。


 後の二人は当然ながら知らない人だ。


 適当な場所(目が大きい小顔の子の斜め後ろ)に座って、筆記用具の鉛筆と練り消しゴムのような物を用意した。

 練り消しゴムのような物は、植物の樹脂を固めたものらしい。

 うーん、そういえば、ゴムも植物の樹脂か。

 同じ物かもしれないな。でもゴムは熱帯のはず。


 こんなことで、首を捻っているようでは、今日の試験の結果は見えたな。


 僕が、「うーん」と唸っていると、目が大きい小顔の子が、後ろを向いて見詰めてきた。

 睨んでいるのかも知れないが、僕のオーラがそうさせているのかも知れない。


 試験が開始される直前に、バラバラと後三人教室に入ってきた。

 一人身長が高い体格の良いのがいるな。


 合わせて六人だけか。なんとも少ないな。


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