第68話 レベル2

 「そうです。国宝級のものですから、不思議ではありません。

 この羽も、《タラハ》の商人からですか、比較的お安く手に入れられたようですね」


 命を懸けたから、お安くではないんだが。


 「まぁ、そんなとこだよ」


 「当然、私もこの羽を見るのは初めてです。見るだけでも、細工師冥利に尽きます。

 感動して、身体が震えていますよ」


 「それで、細工は頼めるのかな」


 「私で良ければ、丁寧にやらせて頂きます」


 〈細密宝貴石細工店〉の店主は、深々と頭を下げてきた。

 有難いことに、やる気になっているようだな。


 「女性の頭を半分覆うような形にして、紅水晶を羽の基部にあしらって欲しいんだ」


 「この紅水晶というよりは、紅石英ですが。これを使うのですか。

 うちは宝石も取り扱っていますが」


 「僕が自分で拾った物なんだよ」


 「自ら採取された物ですか、そうですか、分かりました。

 色は同系で合いますからね。

 それと、髪に止める部分を白金で作ろうと思います。

 金より上品になると思います。

 この羽の鮮やかな紅色と金色では、いささか派手過ぎると思います」


 「そうだな。それでお願いするよ。

 同じ物を後二つ頼むよ。

 それと値段は幾らになる」


 「値段は、少しの白金だけですから、三つで一金貨もあれば十分ですが。

 そうですが、《紅王鳥》の羽はどうされるのです。絶対調達できませんよ」


 「心配しないで、羽はあるよ」


 《紅王鳥》の羽を後二枚出したら、店主が、うほ」って変な声を出して驚いていた。


 〈リィクラ〉も「おぉ」と絶句していた。


 「三枚お持ちで」


 と言って、店主は暫く黙っていたが、


 「細工自体はそんなに難しい物では無いですが、素材が素材だけに、後世に残るものになるでしょう。

 私は表通りの店を息子に譲って、半分道楽で細工の専門店を営んでいます。

 しかし、今、神様から、「お前の技術と魂の全てをつぎ込め」と言われたように感じました。

 必ず素晴らしい作品にします。いや、なります」


 店主は、拳を固く握りしめながら、一点を見詰めて熱く語りだした。


 完全に自分の世界に入り込んでいるな、大丈夫か。


 店主の世界の邪魔をしたら悪いから、とっとと帰ろう。


 蜜柑と〈クルス〉が、王都に到着した。


 蜜柑は、取り敢えず三百個仕入れた。


 去年みたいな大豊作じゃないので、単価が十倍になって、十分の一の量で仕入れ値は同じになってしまった。


 前みたいに、ぼろ儲けは出来ないが、全部捌ければ、それでも結構な儲けになる。


 明日は、いよいよ店のオープンの日だ。

 店の正面には、デカデカと「南国果物店」と黄色い文字の看板を掲げて、準備は整っている。


 僕は蜜柑販売には、もうあまり興味が無いので、〈カリナ〉に期待しよう。


 興味が尽きない〈クルス〉の方は、同棲カップルとは初対面なので、随分緊張しているようだ。


 挨拶をする言葉が、本人にはそのつもりは無いのだろうが、随分ぶっきらぼうに聞こえてしまう。

 〈クルス〉は、他人から見ると、こんな感じの子なんだと改めて思う。


 打ち解けると良い子と分かるはずだが、それまでに時間がかかる。

 学舎での生活が、最初は大変そうだ。


 蹴躓かないように、身体の色んな部分を優しく僕の手で、支えてあげる必要があるな。


 僕の顔を見ると嬉しそうに、はにかんだ笑顔を向けてきた。


 僕の耳元に小声で、


 「〈タロ〉様、私、王都も、長い旅も初めてで、心細いのです。色々手助けして下さいね」


 と可愛いことを言う。


 着替えでも、身体を拭くのでも、なんでも手助けするよ。


 丁度良い機会だから、〈アコ〉を西宮から連れ出した。


 道中、〈ハヅ〉も〈リィクラ〉も、周りの目もあるので、手も繋げなかった。

 あぁ、都会はイヤだ。田舎の領地の方が良いな。


 〈アコ〉の母親は、

 「流石は、〈タロ〉様、騎士をお雇いになったのですね。

 《ラング》伯爵家は、騎士が仕官したいと思う勢いがあるとの証です」

 と満足げだった。


 騎士に仕官先と選ばれるのは、嬉しいことらしい。


 半分以上、人助けでやったことなのにな。


 西宮の門番とも、〈リィクラ〉は親しげに話していた。

 兵士関係には驚くほど顔が広くて、評判もすこぶる良いみたいだ。


 〈アコ〉は初めてなので、「南国果物店」を興味深そうに観察している。

 〈カリナ〉を紹介すると、急に顔色が変わったように見えた。


 〈アコ〉が、無言で三階の部屋まで、僕を強引に引きずっていく。


 「〈タロ〉様、あの綺麗な人は、なんなのですか」


 と、いつもは少し垂れ目なのが、今は三白眼に変わって怖い。目が座っている。


 「あっ、えっ、さっき言った通り、店の前の持ち主で、売り子で雇っているんだよ。

 何が気に障ったの」


 「一つ屋根の下に住むことと、美人っていうことです」


 あー、〈アコ〉は焼きもちを焼いているんだ。

 少し違うか。僕が年上の愛人を作ろうとしていると、思っているんだ。


 「〈ハヅ〉と〈リィクラ〉は、一階に住んでいるんだよ。

 〈クルス〉は今日から〈カリナ〉同じ二階に住むし、だいたい、〈カリナ〉は〈リィクラ〉と結婚の約束をしているんだよ」


 「〈タロ〉様、本当ですか、私の目を見て言えますか」


 「本当に、〈アコ〉にやましいことは何も無いよ」


 「ふー、私の思い過ごしでした。ごめんなさい。

 でも、あんなに美人ですから心配になります」


 「そうかな。僕は〈アコ〉の方が、美人だと思うけどな」


 胸は、メロンオッパイで圧勝と言おうとしたが、すんでのところで思いとどまった。

 ここは美人、綺麗で押しまくるところだ。


 実際、〈カリナ〉には全然興味が無い。


 何よりも、〈アコ〉が僕の好みだから、本気のことは言葉が持つ説得力が違うはずだ。


 「そんな、そんなことは無いですわ」


 「えっ、〈アコ〉の方が数倍美人だよ」


 「まぁ、数倍って。〈タロ〉様は大げさです」


 〈アコ〉は、頬が桃色になって、嬉しそうな顔になっている。

 ダメ押しでもっと褒めよう。


 「嘘じゃ無いさ。僕の目を見てご覧。〈アコ〉の方が数倍綺麗だよ」


 〈アコ〉が僕を見詰めてきたので、軽く腰を抱き寄せて、唇にキスをする。


 僕が腰を捕まえた時、〈アコ〉は小さく「あっ」と言って、ゆっくりと目を閉じた。


 〈アコ〉の唇に触れたまま、少しだけ、キスをする角度を変えてみる。


 僅かにスキルが進化したということだ。


 仮に、レベル2としておこう。


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