第67話 〈細密宝貴石細工店〉
門を入って進むと、大きな広場に出た。
一本の大きな楠を中心に、石畳が張られ、ベンチも扇型に配置されている。
夏は木陰が出来て、学生達の憩いの場所になるのだろう。
広場を右方向に進むと、また門が見えてきた。
扉の装飾が、薄紅色の鳩の群が遊ぶ様をモチーフにした華やかな門だ。
どうやら、学校ごとに独立しているようだ。
学園都市の中にある四つの学校が、また、それぞれ別の壁に囲われて、相互に行き来が出来なくなっている。
これじゃ、〈アコ〉と〈クルス〉においそれと逢えないじゃないか。
なんてことだ、責任者に出てきて欲しい。
「ご領主様、ここは平民の女子が学ぶ《赤鳩学舎(あかばとがくしゃ)》ですが」
と〈リィクラ〉が、小声で注意してくれる。
僕は「鳩の装飾が綺麗だから見てたんだよ。右か左かどっちだ」
と顔を赤くしながら、〈リィクラ〉に聞いた。
〈ハズ〉がニヤッて笑ってやがる。
なんてヤツだ。ここは見て見ぬふりをするところだぞ。
「左の奥です。左直ぐは、平民男子の《青燕学舎(あおつばめがくしゃ)》で、右は貴族の女子の《白鶴学舎(しろづるがくしゃ)》です」
僕が全然分かってないのを察知して、〈リィクラ〉が教えてくれる。
〈リィクラ〉は、印象と違って心遣いが出来るな。
左に歩いて行くと、外側の壁際に、大小様々な小売店や飲食店が、立ち並んでいるのが見えてきた。
右側にもあるはずだから、かなりの店舗数だ。
今は、学舎が冬休み中のため、店を閉めているが、壁の内側でも、十分生活が成り立つな。
また進むと、《青燕学舎》が見えてきた。
ここの扉の装飾は、街の上を滑空する数多の燕をモチーフにしている。
高速で飛び回る様に、見ている方も思わず爽快感を覚える。
また、結構歩くと、扉の装飾が、鷲をモチーフにしている門が見えてきた。
目的の《黒鷲学舎(くろわしがくしゃ)》に到着した。
思っていたよりかなり遠い、一校当たりの敷地も広大だ。
門の装飾は、一頭の黒い鷲を大胆に表現しており、今にも襲ってきそうな迫力がある。
門番の衛士によると、試験当日まで立ち入り禁止とのことで、中には入れず、護衛適性の確認と下見は終わった。
〈リィクラ〉は、武辺だけだと思っていたが、そうでもないな。
「南国果物店」に帰ると、カップルの引っ越しと、僕達の寝室の準備は完了していた。
お手伝いカップルだけあって、荷物はほんの僅かだし、僕達のは家具と寝具を配達してもらっただけだ。
部屋の配置は、〈リィクラ〉と〈ハヅ〉が一階で、二階が〈カリナ〉、三階が僕となっている。
〈クルス〉が、王都に来たら、〈カリナ〉と同じ二階に泊まる予定だ。
面の皮を厚くする修業が足りず、三階が良いとは、とうとう言い出せなかった。
「〈カリナ〉、教えて欲しいんだが、この辺で宝石を扱っている商店を知らないか」
「そうですね。
私には今まで縁が無かった店なので、知っているのは、この通りの端の方にある〈細密宝貴石細工店〉だけです。
宝飾細工を主にしているお店ですが、小売りも行っているはずです」
「有難う。〈カリナ〉の紹介で来たと言ってみるよ」
「一度も買ったことが無いので、私の紹介では効果は薄いですよ」
〈カリナ〉の言った「今まで縁が無かった。一度も買ったことが無い」は、僕だけじゃなく、多分〈リィクラ〉にも聞かせているんだろう。
〈リィクラ〉に悪いことをしたな。
〈細密宝貴石細工店〉に行くと、年老いて痩せた男性が店の奥から出てきた。
付いて来いとは、言って無いけど〈リィクラ〉が律儀について来ている。
僕もそうだけど、〈ハヅ〉は領地の感覚が抜けずに、〈カリナ〉と話の最中だ。
店の中には、〈カリナ〉の言ったとおり、陳列している宝飾品は少ししかない。
「邪魔するよ。〈カリーナ〉に、この店が良いと聞いてきたんだ。
材料持ち込みで、髪飾りを作って欲しいんだ」
「これは、これは、《ラング》伯爵様、ようこそ起こし下さいました。
〈カリーナ〉達のことは、他人事ながら心配していたのですが、伯爵様に救って頂いて、大変感謝しています。
今度は、果物店を開かれるそうで、この通りも賑やかになって有難い限りです。
こんな小さな店ですが、うちの店は、細工が専門ですから、何でもお申し付けください」
「そうか丁度良かったよ。材料はこれなんだ」
店のテーブルに、《紅王鳥》の羽と紅水晶を置いた。
「おぉ、《ラング》伯爵様、これはまさか」
「本物だよ」
「《ラング》伯爵様、狭いですが、店の奥にいらしてください」
店の奥には狭い作業場があって、小さな椅子に腰かけるよう勧められた。
所狭しと色々な細工の道具が壁に掛けてあり、細工途中の群青の貴石が、机の上に乗っている。
「伯爵様、本当に狭くて申し訳ないですが、《紅王鳥》の羽を店先で見るわけにはいきません。
怖いですよ」
「怖い」
「悪人に見られたら、強盗に入られます。
信じられないほど高価なものですからね」
「そんなに高価なの」
「つい最近、《タラハ》の町の商人が王宮に持ち込んで、百金貨近い値が付いたという噂です」
「百金貨」
倍の値段で売ってやがる。
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