第2章 王都の学舎

第63話 〈アコ〉と呼んでおくれよ

 少し早めだが、王都に行くことにする。


 王都の店の進捗状況を確認するためと、〈アコ〉に逢うためだ。

 入学後は、学校が全寮制のため、頻繁に逢うことは出来ないそうだ。


 館を出発する時、〈クルス〉と〈サトミ〉と、僕の三人で、簡単な送別会をした。


 送別会といっても、三人でお茶を飲み、取り留めの無い話をしただけだ。

 この前みたいに、戦争に行くわけじゃ無く、〈クルス〉も直ぐに、試験で王都へ来ることになっている。


 ただ、〈サトミ〉とは、長い間合えないので、


 「学校が、お休みになったら帰ってきてくださいね。待ってます」

 と少し淋しそうだった。


 王都へは、護衛と付き人を兼ねて、〈ハヅ〉も一緒に行くことになった。


 流石に、伯爵が単独行動はマズイっていうことだ。

 子爵の時でも、ダメだったようだが。


 入り江に着いたら、船長が出航の準備をしている最中だ。


 「若領主様、もう直ぐ準備が整うから、少し待ってくれ」


 ぼーっと待っていると、陸に引き上げてある押収した小型船が、目につく。


 「船長、あの小型船。小型といってたけど、こうして見ると大きいな」


 「「深遠の面影号」と比べれば、小型だが。

 兵士を何人も載せて、戦をする用途に造られているんだぜ。

 大きくなくっちゃ、話にならないってことさ」


 「外洋にも行けるのかな」


 「何といっても、戦船だ。頑丈に出来ているぜ。嵐じゃないなら、心配なしだ」


 「船長、この入り江の漁師の顔役って知っている」


 「知っているが、どうするつもりだ。関わりには、成りたくない御仁なんだ」


 「ヘェー、船長が苦手な人か。話があるので、呼んでくれないか」


 「命令なら仕方がねえが、深く係わるのはよした方がいいですぜ」


 しばらく待っていると、漁師小屋から、顔役が現われた。


 意外なことに、三十台後半くらいに見える女性だ。

 アラフォーだ。


 顔は潮に焼けて濃い小麦色で、キビキビした動作と抜け目なさそう顔をしているが、女性的な輪郭も、柔らかさもある。


 黒髪は作業がしやすいように後ろで束ねて、洗いざらしの白いシャツに、踝までの真っ赤なサブリナパンツを履いている。


 足先が赤い、狡猾で、焦げ茶色の雌狐という感じだ。


 「ご領主様、あたいに何かご用事ですか」


 「そうなんだ。あそこに大きめの船があるだろう。

 あれで漁をする人が、いないかなと思っているんだ」


 「あの戦船ですか。戦に使われるんじゃないんですか」


 「使う予定が無いので、有効に使おうと思っているんだよ」


 「そうですか。それなら、あたいと、弟達が使っても良いよ」


 「弟がいるのか」


 「そうだよ。四人いるよ。皆、一端の漁師だ。あたいが鍛えたからね」


 「そうか。結構な鍛え方だったんだろうな」


 「なに、五十回ほど、海の上で血反吐をはけば何とかなるもんですよ」


 ひゃー、思ったとおり、怖い女性だ。船長の気持ちが分かってきた。


 「あの船で、沖にある暗礁に行けば、魚が沢山獲れるんじゃないかと思っているんだよ」


 「ふーん、成程。ヒュウゴ礁で漁をさせようって腹ですか」


 「随分と沖にあるのに、名前が付いているんだね」


 「とにかく大きな暗礁なんで、昔から名前だけは、伝わっているのさ。

 でもさ、波が荒くて、あそこで漁をする命知らずはいないよ」


 「あの船は、大きくて、戦用で頑丈だから、波が荒くても大丈夫じゃないかと踏んでいるんだ。

 それと沖の暗礁は、巨大な独立峰になっているから、魚が沢山いるんだよ」


 「ご領主様の言い分は解かった。

 あたいの見立てでも、船は大きいし頑丈だ。

 あたいは、この海を産湯代りに死に水もこの海の女だ。

 ご領主様のお望みとあらば、度胸一番、おぼこのヒュウゴ礁を存分にこましてみせますよ」


 なんだか、随分とテンションが上がっているな。


 小さな漁船とは違うので、気を付けていれば滅多なことはないと思うし、女性が言うべき表現じゃないぞ。


 でも、これを言うと、あたいにケチをつけるのかと、睨み殺されそうだから、止めておこう。


 「船は四隻あるけど、一隻は予備に残しておいて、後は自由に使ってくれ。

 それと、僕も魚が欲しいから、王都から帰ってきた時に、船の使用料として少し分けてくれよ」


 「ご領主様に分けるぐらいは、造作もないよ。

 使用賃がただとは、有難い。

 ご領主様は太っ腹だね。気っぷが良くて惚れちゃうよ。

 名乗るのが遅くなって悪かったが、あたいの名前は〈アコータ〉っていうんだよ。

 この入り江の漁師二十人の取り纏めをしていて、〈ラング入り江〉の姉御が通り名なんだ。

 ご領主様は、気安く〈アコ〉と呼んでおくれよ」


 「それじゃ、姉御よろしく頼むよ」


 「大船に乗ったつもりで安心してよ。

 でも、ご領主様は連れないな、年の差なんて、海じゃ関係ないのに」


 急に科を作ってきたけど、意図が分からなくて怖い。


 船長の言う通り関わりは最小限にしよう。


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