第61話 お弁当記念日

 〈サトミ〉が、〈クルス〉と三人でピクニックに行こうと誘ってきてくれた。


 最近、僕と〈クルス〉の雰囲気が、微妙なのを心配してくれているのかもしれない。


 ピクニックは、少し遠くなるが《ラング》川の支流の河原に、宝石を拾いに行くという計画だ。


 宝石と言っても、そんなに価値は無い「紅水晶」だ。

 ローズクォーツともいう、水晶の仲間で希少性は少ない。


 行く予定の河原で拾えるのは、透明度も低く、乳白色が勝っているの物なので、宝石としての価値は殆どない。


 ただ、恋愛のお守りとして、女子受けはしているらしい。


 昼食も、二人が用意してくれるみたいで、今から楽しみだ。


 ピクニックの当日は、秋の終わりの空が突き抜けるような、晴天に恵まれた。

 少し前に雨が降って、塵や埃が洗われて、空気が透き通っている。

 緑の丘の向こう側が、見通せるようだ。


 今日の〈クルス〉は、襟に大きな赤いリボンがデザインされた白い膝丈のワンピースに、つばが大きい麦藁帽をかぶっている。


 〈サトミ〉は、可愛いカンカン帽に、白い大きな襟の黒の膝上丈のワンピースを着ている。


 二人ともちょっぴりお化粧をしているようで、唇がいつもより赤くて、艶がある気がする。


 農場を過ぎてから、二人が持っているバスケットを、僕が持とうと言ったら〈サトミ〉が、


 「うーん、そうだ。〈タロ〉様、お願いします。

 でも、〈タロ〉様一人じゃないですよ」


 と言って、〈サトミ〉のバスケットを僕の左手に渡してきた。


 「ほら、〈クルス〉のも貸して」


 「でも、申し訳ないです。自分で持てます」


 と〈クルス〉は渋るけど、少し強引に取り上げて右手で持った。


 すると、〈サトミ〉がバスケットを持っている僕の左手を、被せるように握ってきた。


 「こうすると、三人で持てて、手も繋げるでしょう」


 一人じゃないって、こういうことか。


 これを見ていた〈クルス〉も、探るような感じで僕の右手を握ってきた。


 少し緊張している感じだ。

 今、関係が微妙だから、拒絶されたらどうしようと、思っているのかもしれないな。


 〈サトミ〉は、普段通りしっかり僕の手を握って、満面の笑顔だ。


 「〈サトミ〉は、やっぱり頭が良いな。王都の学校も楽勝だな」


 「うっ、〈タロ〉様、今日、その話は絶対に止めて。楽しいだけの日にしたいの」


 僕と〈クルス〉は、〈サトミ〉があまりに必死な様子なので、思わずプッって噴出してしまった。


 〈サトミ〉は、「二人とも笑うなんてひどいよ」と頬を膨らませているけど、〈クルス〉が笑顔になっている。ナイスだ〈サトミ〉。


 そこらじゅう、頬ずりしてあげたい。


 手を繋いで歩いていると、いつもと変わらない〈クルス〉が段々戻ってきた。


 満面の笑顔とは、いかないけど、もう、心を覆っていた薄いバリアーは、溶けて無くなっている。


 やっぱり、スキンシップは大切だな。

 今後は、様々な部位のスキンと能動的に昵懇に成ることが不可欠と推察される。


 ニヤニヤと薄笑いしながら歩いていたら、目的の河原に着いた。


 今日の僕のメインイベントは、何といっても、手作りのお弁当だ。


 女の子が作ってくれた、お弁当を食べるのは、今日が、人生で初めての経験となる。


 記念日である。

 苦節十数年感慨深い。


 まず、食事の場所の設営を行うとしよう。


 大きい平たい石をテーブルにして、小さめの石を三つ、椅子代わりにするだけだけど。


 大きな石を動かしたら、二人に「うぁ、力持ちですね」「男らしいです。頼りになります」って言われて、すこぶる機嫌が良い。


 今なら、何でも運べる気がする。

 単純だから。


 石のバランスを調整しようと、周りの石をどかしたら、拳くらいの大きさのピンク色の石を見つけた。


 二人に見せたら、これが目的の紅水晶らしい。

 結晶はしてなくて、石英の塊なんだ。


 透明感は無いけど、ピンク色が濃いので、この河原では上等の部類に入るらしい。


 また、二人に「うぁ、見つけるのが上手」「勘が良いですね」って言われて、さらに機嫌が良い。 


 今なら、何でもどかせる気がする。

 単純だから。


 その後も、探したけど何も見つからない。

 二人も見つからないようだ。


 目につきやすい物は、先人がもう見つけているんだろうな。


 正午を超えたようなので、お昼にしよう。

 楽しみだ。


 三人で仲良く、バスケットから、テーブルクロスや食器を取り出して、準備を行う。


 メインの料理は、〈クルス〉の作ったミートパイだ。


 まだほんのり暖かくて、角切り肉とソースが一体となって、良い味を出している。

 パイ生地もこんがりと上手に焼けている。


 手作りのお弁当なら何でも絶品なんだが、マジで美味しいぞ。


 「〈クルス〉、料理が上手だね。王国で一番、美味しいよ」。


 「もう、〈タロ〉様、お世辞がお上手ですね。少し褒めすぎですよ」


 「そんなことはないよ。出来れば、毎日〈クルス〉の手料理を食べたいよ」


 「本当ですか。気に入って頂いたのなら、すごく嬉しいです」


 〈クルス〉は、謙遜しているけど、自信もあった感じだ。

 自然体で、嬉しそうに笑っている。

 料理は得意みたいだな。


 デザートは、〈サトミ〉の焼いたクッキーとお茶だ。

 クッキーの見た目が、美味しそうに進化しているぞ。


 「〈サトミ〉のクッキーは、今日も美味しいね。サクサクしてて、手が止まらないや。

 お茶も、香りが良くてうまい」


 「ヘヘェ、今度も、〈タロ〉様に褒められちゃった。〈タロ〉様大好きだよ」


 〈サトミ〉は、いつもと変わらず素直で可愛いな。

 僕も大好きだ。

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