第60話 「ほ」の字
伯爵になったこともあるし、《ラング》の町を発展させるためには、城壁を新たに造って、町を広げる必要がある。
そのためには、煉瓦が必須だ。
石でも良いのだが、近くに良い石材が取れる場所がないんだ。
煉瓦を焼く窯が完成した報告があったので、様子を見に行くことにしよう。
煉瓦の窯は立派に出来ていた。
が、誰も辺りにいない。
どういうこと。
あれ、おかしいなと思って、鍛冶屋に聞きに行くと、煉瓦職人の〈カリィタ〉が一生懸命鍛冶をしている。
鍛冶屋の〈フィイコ〉と息の合った連携で、大きなハンマーを大汗をかきながら、赤く熱せられた鉄に打ち付けている。
カンカンと大変五月蠅い。
そうか、こいつは鍛冶職人でもあったな。
〈カリィタ〉に事情を聞くと、鍛冶の方が親方も居て、技術も学べるし、遣り甲斐があるとのことだ。
衝角を二人で作成した流れもあり、ずっと鍛冶の仕事をしているそうだ。
煉瓦の窯の方は、他領から呼んだ専門の職人に作らせたようだ。
遠くから呼んだのか、金を掛けた訳だな。
誰の負担になる。僕になるな。
窯作りは専用だからしょうがないらしい。
それじゃ、仕方が無いな。
衝角(鉄三角)を急いで、二つも作らせたのも僕だ。
認めたくは無いけど、僕の責任もあるな。
〈カリィタ〉を説得または、強要して、煉瓦の仕事をさせねばならない。
町の発展のために、城壁を広げる必要があるとの話をこんこんと言い含めた。
結婚する予定のカップルが、住む場所が無くて困っていると言う話も、言い聞かせた。
これは、僕のあての匿名の投書に書いてあったものだ。
領主が、クレーム対応もしなくてはならないとは、思わなかったよ。
〈カリィタ〉を説き伏せていると、メイド頭の〈ドリー〉が、やってきた。
急ぎの政務があるから、直ぐに館に帰ってきて欲しいとのことだ。
〈ドリー〉には、「分かった。直ぐ帰るよ」と言って、〈カリィタ〉には念押しで、煉瓦の仕事をするように言いつけて、帰ろうとすると〈カリィタ〉が、
「今の女性は、誰ですか」
と聞いてきた。
メイド頭の〈ドリーア〉だと教えると、
「あの方が、結婚する予定の人ですか」
と再度聞いてきた。
「違うよ。〈ドリー〉は、結婚の予定は無いし、浮いた噂も無いな」
と返答すると、
「そうでございますか。誠に有難うございます」
と大げさにお礼を言われた。
何だろう。
たいしたことは、答えて無いのにな。
まあ、伯爵に直接聞くことじゃ無いから、礼儀を尽くさないといけないと思ったんだろう。
鍛冶屋の〈フィイコ〉が、ニヤニヤしているのも気が食わないな。
〈カリィタ〉は、僕の説得が聞いたのか、素直に煉瓦の仕事に就いて、順調に煉瓦が生産され始めている。
気になったから、後で、鍛冶屋の〈フィイコ〉に、ニヤニヤの訳を聞いたら、〈カリィタ〉が〈ドリー〉に、「ほ」の字じゃないかって、またニヤニヤしながら言ってた。
なるほどな。
俗に言う、一目ぼれっていうやつか。
「ほの字」って、「ほれている」の「ほ」らしい。
年季が入っているな。骨董品だよ。
どうなるのか、大変面白そうだから、〈ドリー〉に〈フィイコ〉のところへ、毎日弁当を届けるように、言いつけた。
〈ドリー〉が、何故ですかと聞いてきたから、
煉瓦は町の発展に重要な物だから、〈カリィタ〉が健康でいる必要がある。
独り者で、この町に身寄りがない〈カリィタ〉は、栄養が偏る可能性が高い。
煉瓦の生産を監督する役目も兼ねるから、経験不足の者じゃなくて、〈ドリー〉の見識が必要だと、思いつきを答えておいた。
〈ドリー〉は、こんな話でも「良く、分かりました」と納得したようだ。
町が狭いことに対する領民達の不満は、思ったより大きいのかも知れない。
不満が爆発しないよな。
ちょっと怖いな。
不満を爆発させないための秘策として、ローマン・コンクリートを使うことにしよう。
名前のとおり、古代ローマ帝国で使用されていたコンクリートだ。
材料は、石灰岩から作る石灰と海水と小石などの骨材だ。
領内に石灰岩の鉱山はあるし、小石は、新しく農地にする土地から、嫌ほど出てきて、小石の小山がいくつも出来ている。
海水は、大量に運ぶ場合、重いのが難点になるが、無尽蔵にある。
要の材料である火山灰は、川の対岸の荒野に大量に堆積している。
後は、煉瓦を型枠として使って、その型枠の中に、ローマン・コンクリートの材料を放り込めば、化学反応が起きて勝手に固まるはずだ。
城壁や建物を全て煉瓦や石で作るより、コストと時間が、大幅に短縮できる。
現在のコンクリートより、耐用年数が遥かに長いと言う信じられない話もある。
革命が起きるぞ。
いや、革命はいけない。
僕は起こされる方の領主なんだ。
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