第56話 《秋謝祭》

 一晩たって、昨日貰った恩賞の目録を改めて、確認した。


 目録にも、勲章および五十金貨の授与と、伯爵への昇爵と書いてある。


 伯爵への昇爵には、一文添えてあり、ゆくゆくは伯爵に相応しい規模の兵力をそろえる必要があるとのことだ。


 兵力は今の三倍の百人規模が、望まれるらしい。

 今のままでは、子爵規模の兵力も無いようだ。


 三倍は町の人口的にも、経費的にもキツイな。

 コツコツやるしかないな。


 前に買った「煉瓦と鍛冶の店」は、〈クサィン〉に頼んでおいたので、改修が始まっている。

 奥の工房は撤去して、大きめの屋敷を建てることになった。


 王都での宿泊などに使う予定をしている。

 バカ高い宿泊代を浮かそうという魂胆だ。


 管理は、妹の〈カリーナ〉さんに、住み込みで頼もうと思っている。

 いつまでも、友達のところにも、居れないだろうし。


 王都での用件は終わったので、領地へ帰ろう、長い間留守にしている。


 「深遠の面影号」は、帰りも遅い。


 押収した小型船を四隻曳航しているからだ。


 船倉の中に、結構な数の剣、鎧、食料等の物資、馬も五頭積んでいるのも若干影響している。


 馬を運ぶのは、糞で船が汚れると船長が、また文句を言ってる。


 帰りの航海も、恐れていたことが始まった。

 恐怖の三部地獄、「深淵の特訓」の再現だ。


 〈ハパ〉先生も兵長も〈ハヅ〉も、僕を守り切れなかったので、真剣に訓練している。

 当然のように、僕も巻き込まれた。


 非常に辛い。

 また、深い淵が、足元にポッカリ開いているのが、見えていた気がする。


 兵士達は、こんなことなら、戦争で怪我をしておくんだったと言う始末だ。


 長い航海と、「深淵の特訓」が終わり、ようやく領地の入り江に着いた。


 〈ハパ〉先生以外は、皆、ヘロヘロになっている。


 勝ち戦なので、入り江には、少なくない人達が出迎えてくれた。


 最初は、大きな歓声が上がったが、迎えられる方が疲れ果てており、反応が薄いため、尻すぼみになって、消えてしまった。


 凱旋のはずだが、あたかも負けて帰って来たような、雰囲気が漂っている。


 〈クルス〉と〈サトミ〉も、まず僕の体調を心配して、一刻も早く館で休養させようと焦っていたぐらいだ。


 まる三日ボーッとしてたら、ようやく疲れが取れた。


 伯爵への昇爵祝いを、領地で行うという話もあったが、僕から断った。

 恥ずかしいし、実感がない。


 実感があるのは、五十金貨だけだ。

 やっぱり、現ナマが一番だ。


 季節が過ぎるのは、早いもので、今日は「秋謝祭」の当日だ。

 農作物が収穫できたことを感謝する日だ。


 広場では、様々な屋台が並べられ、吟遊詩人も王都から来るらしい。


 領主として、ワインを十樽、領民へ差し入れしている。


 これは、恒例となっているもので、日頃の憂さを少しでも晴らして、反乱などを未然に防ごうという趣旨らしい。


 今年は、これ以外に、初めて収穫できたイモも、石焼き芋にして差し入れた。

 伯爵に昇爵した内祝いと、イモのことを口コミで広げさそうという、狙いがある。


 石焼き芋の評判は上々で、そんな調理は聞いたことが無いというのを、無理やりやらせた甲斐があったようだ。


 また、〈サトミ〉に誘われて、〈クルス〉と三人で、祭りの見物に出向くことにした。


 人が沢山いるので、手は繋いでいない。

 三人で繋ぐと移動出来ないからな。


 〈ウオィリ〉教師は、秋はダラダラと汗を流して、一心に祈りを捧げている。

 ただ、見ている人は少ない。

 春と違って、祈祷の後に踊りはないためだ。


 負けるな、〈ウオィリ〉教師。


 踊りは、夜に団体戦の腕比べが、開催されるようだ。

 十人程度で、思い思いの振り付けと楽器演奏の、優劣を競い合うという催し物だ。


 ワインをひっかけながら、ああだこうだと言いあって見るのが、領民の大きな楽しみとなっている。


 領民達が、この団体戦へかける意気込みは、物凄くて、皆ド真剣らしい。

 優勝商品は、収穫された農産物と、たいしたことはないのだが。


 町の広場では、大勢の人を集めて、吟遊詩人が建国の英雄のサーガを歌っている。


 リュートの調べに乗って、時には悲しく、時には雄々しく、朗々と歌っている。


 観衆は、ヤンヤの大喝采だ。

 皆、娯楽に飢えているな。


 時より、チラチラこちらの方を見るのは、僕が領主のためか。


 屋台で、〈クルス〉と〈サトミ〉に、香木の櫛を買ってあげることにした。

 お守りのお返しだ。


 これからも、髪を触るぞという宣言の意味もある。


 二人とも、「こんな上等の物を買って貰って良いのですか」、「嬉しいです。大切にします」と喜んでもらえた。


 これで髪は触り放題だ。


 屋台では、食べ物も売っていて、小さなリンゴ飴みたいのを買うことにした。


 石焼き芋もあるので、これでも多いぐらいだ。

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