第55話 恩賞のキス

 最後の発表で、僕が呼ばれた。


 類を見ない軍功ということで、最高位の勲章と金品に加え、伯爵に昇爵させるというものだった。


 一瞬静まり返った後、盛大な拍手と大きな歓声が沸き起こって、鳴りやまない。


 王様から、増援部隊と騎馬隊の撃破が勝利を確定したことと、少年の身でありながら勇猛果敢に戦い、見事父の仇討まで成し遂げた功績は、古今東西を見渡しても、優れて比類なきものだと褒められた。


 王様が手ずから、勲章を胸に付けてくれて、恩賞の目録も貰った。


 こんなに注目を浴びるのは人生初めての経験だ。

 嫌な汗が体中に噴出している。

 少し震えもしている。


 王様の前に行くときに、コケ無かった自分を褒めてやりたい。

 やる時はやれる男なんだ。


 しかし、一瞬静かになったのは、何だったのだろう。


 式典は終わって、会食になった。


 司令官の〈バクィラナ〉公爵を始めとして、沢山の人が話しかけてきて、その対応にずっと追われっぱなしだ。

 料理を食べる暇も無い。


 飲み物を一口飲むのが、精一杯の有様だ。


 話しかけられても、顔も名前も知らないので、話が続かないのも良くない。

 今日は良いけど、これからはこのままじゃマズイと思う。

 貴族家の当主になっているんだからな。


 見知った顔は、船で送った〈ラサィハク〉子爵ぐらいだ。


 「昇爵、おめでとうございます。あの、喜劇役者の船長は迫真の演技でしたね。

 あんなに笑ったのは久しぶりでしたよ。良い部下をお持ちだ」


 船長が余程、印象に残っているらしい。


 慣れない場で、沢山の人の相手をしたので疲れてきた。


 兵長達に断り、リフレッシュするため、一度ホールを出て、外気に触れることにした。


 ホールを出ると、〈アコ〉の母親が廊下で待っていた。


 「〈タロ〉様、今日は裏方なので、廊下で失礼します。

 この度の素晴らしい軍功と、栄えあるご昇爵、誠におめでとうございます。

 自分事のように嬉しいですわ。

 外にお出になりたいのなら、この廊下を右に折れて真直ぐ行くと西宮に出られます。

 西宮の庭は、もうこんな夜分には人が居ないと思いますわ」


 〈アコ〉の母親は、主催者側で祝賀会の采配に駆り出されていて、進行状況を見守っているようだ。

 僕が外へ出ようとするのを、目敏く見つけてくれたらしい。


 西宮には二回来ているので、少し迷ったが、何とか来ることができた。

 言われたとおり、庭には誰もいないようだ。


 外気は涼しくて気持ちが良い。

 喧騒から離れて、気持ちも落ち着いてくる。


 この前来た四阿で、少し座ろうと向かうと、なぜか先客がいる。


 あれ、夜になったら、人はいないんじゃないのかと思って、良く見ると〈アコ〉だった。


 「〈タロ〉様、今晩は。

 ご昇爵、おめでとうございます。伯爵に成られたのですね。

 改めて、私などが、許嫁で良いのか心配になります」


「〈アコ〉、今晩は。祝ってくれてありがとう。

 伯爵になっても、〈アコ〉は数年したら、僕の花嫁さ。

 何があっても曲げないよ」


 「〈タロ〉様、本心ですか、嬉しい。良かった。私、信じますよ。

 〈タロ〉様は、疲れていらっしゃるのだから、私の横に座ってくださいね」


 僕は〈アコ〉の直ぐ横に並んで座った。


 月明かりに照らされた、白い横顔が、夜の闇に浮かんでいる。

 唇だけがいやに赤く見える。


 「〈アコ〉、もう夜なのに散歩していたの」


 「ここにいたら、〈タロ〉様に逢えると思ったのです。思いは通じましたわ」


 「僕に逢いたかったの」


 「そうですよ。〈タロ〉様は、私の思い人ですから」


 僕は、導かれるように、〈アコ〉の栗色の髪に、指先を伸ばした。


 〈アコ〉の、ファファとウェーブした長い髪が、僕の指と腕に柔らかく絡みついてくる。


 〈アコ〉は、「ンゥ」って鼻にかかったような声を上げたけど、触りやすいように、左のおでこを僕の右胸に預けてきた。


 両手の指を使って、〈アコ〉の髪をゆっくりと梳くように撫でていると。


 「ンゥ、〈タロ〉様、〈アコ〉の髪はいかがですか」


 「とっても滑らかで、触ってて気持ちがいいよ」


 「気持ちが良いですか。〈アコ〉もです」


 〈アコ〉は、トロンとした目になって、桃色に染まった顔を僕に向けている。


 僕は、〈アコ〉の頬を両手で挟んで、〈アコ〉の顔を僕の顔の方へ、引き寄せた。


 〈アコ〉は、されるがままに、引き寄せられて、もう目を瞑っている。


 〈アコ〉の赤い唇に、僕の唇をほんの僅かな間重ねて、〈アコ〉の頬から手を離した。

 離した手は、愛しい〈アコ〉の背中に回して軽く抱きしめる。


〈アコ〉は、キスの時に一瞬身体を固くしたけど、直ぐに力を抜いて、僕の胸に顔を埋めている。


 「〈アコ〉、突然ゴメン。どうしても〈アコ〉とキスがしたくなったんだよ」


 「ううん、謝らないで、〈タロ〉様。〈アコ〉もです。

 初めてなので、凄く恥ずかしいだけです」


 〈アコ〉は、まだ僕の胸に顔を埋めている。


 「僕は、〈アコ〉のことを大切に思っている。これからも、それは変わらないよ」


 「〈タロ〉様、〈アコ〉は幸せです。もう離れません」


 〈アコ〉は、恐る恐る、僕の背中に手を回してきた。

 二人で暫く抱き合っていたが、野暮用が残っているな。


 「〈アコ〉、もっとこうしていたいけど、祝賀会に戻らなくてはいけないんだ。

 残念だけど、もうさよならだ」


 「分かっています。

 私だけが、〈タロ〉様を独占するわけにはいきません。

 名残惜しいですが、仕方ありませんね。

 また、訪ねてこられるのを、お待ちしていますわ。

 今日は、さよならですね」


 祝賀会会場に戻って、また沢山の出席者と歓談した。

 終わったのは深夜に近かった。


 フゥ、疲れた。


 良く考えると、今日貰えた恩賞の中では、〈アコ〉のキスが一番だったな。


 キスは、逢うたびにする。もっと長くする。この二つは、決定事項だ。


 舌を入れるのは、五回目か七回目くらいが正解なのかな。これは検討事項だ。


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