第53話 〈アコ〉の膝枕
王宮での戦勝祝賀会は、夜に開かれることになっているので、それまでの時間で〈アコ〉に会いに行こう。
西宮に〈アコ〉を訪ねると、門番の初老のオッサンが、声をかけてきた。
「今度の戦争では、大活躍でしたね。信じらないような戦勲を立てられましたね。
王宮の兵士の間でも、子爵様の話でもちきりですよ」
「いやいや、そんな凄くはないよ。運が良かっただけだよ。
それより、《アンサ》の港でのバスケットは有難う」
「何、たいしたことではありません。
〈アコーセン〉様に頼まれて、《アンサ》の港まで、護衛として同行したのです。
昔、投槍で少しは鳴らしたこともあるので、上手く行きました。
〈アコーセン〉様は大層感激されて、お役に立ててなによりです」
取り留めない話を暫くしていると、〈アコ〉が来てくれた。
〈アコ〉が少し遅かったのは、詩歌を創作したり、評価し合う集まりに参加しているからのようだ。
今日は、〈アコ〉の母親が不在だからか、一人がけの椅子じゃなくて、ソファーの方に座ることになった。
〈アコ〉の母親は、王宮の一員として、戦勝祝賀会の差配を一部任されて、その準備で忙しいようだ。
「〈タロ〉様、無事に帰っていらして、私は心の底から嬉しいですわ。
毎日、お祈りしていました。本当にお怪我をされて無いのですか」
「有難う。このとおり何処にも怪我はないよ」
〈アコ〉は、それでも心配なのか、僕の方に身体を向けて、顔や首や手を優しく撫でて、確かめるのに余念がない。
〈アコ〉に、スーと触られたところが、ゾックってしてしまう。
続けて、下から覗き込むように僕の目を見ながら、問いかけてきた。
「泥だらけのパンを食べさせてすいません。美味しく無かったはずです。
お腹はくださなかったですか」
「心配しないで、とても美味しかったし、全く大丈夫だったよ」
「〈タロ〉様に、私が作った、あんなパンを食べて頂いて、とても、とても感動したのですけど、すごく心配でしたの。
そう言って、頂いてほっとしましたわ。
今ならまともなパンがありますけど、お食べになります」
「有難う。せっかく、勧めてくれたんだけど、今は食欲はないんだ」
「そうですよね。ついこの間まで、戦争に行ってらっしゃったのですもの、無理もありませんわ。
疲れていらっしゃるのですね。少し横になって、お休みになります。
良ければ、私の膝を使ってくださいね」
膝枕をしてくれるのか、こんな申し出を断るわけにはいかない。
膝に対する、失礼千万だ。
「良いの。〈アコ〉が言うとおり、少し疲れているんだよ」
「もちろん良いですわ。
私の膝は、〈タロ〉様の自由にしてもらって良いのですよ」
僕は、おずおずと〈アコ〉の膝に、頭を乗せた。
正確には太ももだ。膝では先端過ぎる。
どうして、太もも枕とは言わないんだろう。語感が、イヤらしいからか。
安定するポジションを捜して、頭を太ももの上で、モゾモゾさせていると。
「キヤッ、〈タロ〉様。頭をあまり動かさないで、くすぐったいですわ」
「ゴメン。動かさないようにするよ」
でも、〈アコ〉が、まだくすぐったいのか、身を捩るので、また、不安定になってしまう。
何回も、安定するポジションを捜すしかない。
「キヤッ、もう、〈タロ〉様、ダメです。
私のももをスリスリしないで、じっとしていてください。
私、困ります」
「ゴメン。やっと、頭が安定したから動かさないよ」
「もう、動かしたらダメですよ。
私の膝枕はどうですか。〈タロ〉様、疲れは取れそうですか」
「〈アコ〉、柔らかくって、暖かくて、良い匂いがして、癒されるよ」
〈アコ〉は、少しふっくらとしているから、太ももも、むちゅっとして、柔らかい。
フニュフニュって感じだ。
適度に太さもあって、右顔が柔らかいお肉で、包み込まれる。
温かいし、〈アコ〉から出て来る良い匂いもする。
深呼吸しよう。
「キヤッ、〈タロ〉様。そんなところで、深呼吸されたら、恥ずかしいですわ。
そんなことをする〈タロ〉様には、こうして差し上げますわ」
〈アコ〉が、匂いを嗅がせないためか、僕の鼻を優しく摘まんでくる。
可愛いことをするなと思って、僕はそのまま黙ってさせておいた。
〈アコ〉は、続けて話しかけてきた。
「何度も言いますが、私は、〈タロ〉様が、無事なのでウキウキしています。
羽が生えて飛んでいきそうな勢いですわ。
素晴らしい軍功を立てられたそうですが。
流石は私の〈タロ〉様ですが、無事に帰ってこられたのが、何百倍も、何千倍もうれしいですわ。〈タロ〉様、聞いてらっしゃる」
僕は本当に疲れていて、〈アコ〉の膝枕で眠ってしまったようだ。
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