第52話 喜劇役者の一人芝居

 今さら、遅いと思うが、念のため僕は船で待機することにした。


 兵隊は怪我の治療や、敵騎馬隊の剣や鎧の押収や雑事で、まだ忙しいようだ。


 乗り手を失った馬を集めている者もいるし、怪我で動けない敵兵を治療して、臨時で造った船の捕虜収容所へ連行している者もいる。


 船員は転覆した数隻の敵小型船を、入り江の方に、引き寄せているところだ。


 「船長、あの船はどうするの」


 「若領主、まだ十分使えるんで、水を掻き出して修理するのさ。


 「深遠の面影号」で曳航して持って帰るよ。領地で使えるぞ」


 「そうか、有難う。あそこの大きな船は、穴が開いているからダメなのか」


 浅瀬に乗り上げて、横倒しになっている船を、指して聞いてみる。


 「あいつか、あれは修理に時間がかかるな。

 落ち着いてから、人数をかけないと無理ですぜ」


 「穴が大きいからな」


 「そりゃそうさ、大穴はいただけないねぇ」


 船長の良く分からない返事を無視して、日が傾きかけた海を何という訳も無く見ていたら、兵隊と船員の作業もほぼ終わったようだ。


 死者への礼儀として、戦死した増援部隊と騎馬部隊の亡骸に、船員も含め全員で祈りを捧げて、冥福を祈った。


 日が僅かに水平線に隠れ、海は茜色に染まり、空には白い水鳥の声だけが聞こえている。


 夜が明けて、王国軍本隊から伝令がやってきた。


 昨夕、敵本隊を撃破し、この戦争は我が国の勝利が確定して、《ベン》島は奪還出来たとの知らせだ。


 ついては、敵の破壊行動により帰参する船が不足しているので、一部の部隊を、順次アンサの港まで送り届けてほしいとのことだ。


 特に断る理由も無いので、「了解しました」と答えておいた。


 昼食を済ませた後、早速第一陣の部隊が入り江に到着した。総勢五十人ほどだ。


 指揮官は、〈ラサィハク〉子爵といって、ちょっと狸っぽい人だ。


 「〈タロスィト〉子爵、お目にかかるのは初めてですな。

 お世話になりますが、よろしくお願いしますよ。

 お若いとは聞いていましたが、これほど若いとは。

 それにしても、今回の戦功は凄まじいですな。そのお年でたいしたものだ。

 ぜひうちの息子にも、あやからせて頂きたいものですよ」


 「〈ラサィハク〉子爵、こちらこそ、よろしくお願いします。

 戦功といっても、たいしたものではありません。

 たまたま、運が良かっただけですよ」


 子爵の社交辞令に返答をしながら、「深遠の面影号」に案内をした。


 兵士も乗船し終えて、出航準備が整ったが、船長がまだ乗船していない。


 浜辺で、丸まって昼寝をしているのが見える。

 船長も疲れているんだなと、思ったが、良いことも思いついた。


 「準備が整ったから、出航だ」


 「船長がまだでやすが、置いてってようがすか」


 「大丈夫だ。船を出してくれ」


「深遠の面影号」はゆっくりと入り江を出ようとしている。


 浜辺では、船長が大声で何かを喚きながら、船に向かって、必死に駆けて来るのが見えた。


 砂に足を取られて、ヨロヨロだ。

 たまにひっくり返っている。


 一生懸命なんだが、ヨタヨタとしか表現出来ない走りだ。


 顔は鬼のように強張り、大口を開けて舌をだらりと出して、ゼイゼイ言いながら必死に走ってくる。


 まるで、使い古したエリマキトカゲだな。

 笑える。


 「あれを見てみろ。船長が、必死に走っているぞ。

 面白いから、船を止めてまっててやろう」


 船員達は、船長を指さし、腹を抱えて笑っている。

 普段の船長の行いがアレなんだろう。


 〈ラサィハク〉子爵とその兵士達も、初めはクスクス程度で遠慮していたが、今はもう、ゲラゲラ笑っている。


 「若領主、あんまりだ。俺を置いていくなんて、酷過ぎだ。

 どういうつもりなんでぇ。

 返答次第では、俺にも考えがありますぜ」


 「船長、お疲れ様。無理を言って悪かったな。

 船長のお陰で、朗らかな気持ちに成れたよ。

 戦争で荒れていた皆の気持ちが、一遍に明るくなった。

 素晴らしい演技だったよ」


 〈ラサィハク〉子爵は、


 「ほぅ、成程。船長の寸劇でしたか。大した喜劇役者ですな。

 勝ち戦とはいえ、少なくない死人も出ている。

 戦争は大きく感情が揺さぶられて、気持ちが定まらないものです。

 それを大笑いで、有無を言わさず、明るい方へ持っていくとは、感服つかまりました」


 「船長、ありがとう。大笑いしたら気持ちが晴れました」


 「素晴らしい道化ぶりでしたよ。帰ったら、絶対家族に話して聞かせます」


 「本当に面白かったです。人生で一番でした。お金が取れますよ」


 船長は、初めウググって顔をしてたけど、皆があまりにも船長の熱演を褒めるものだから、


 「いや、そんなに上手かったですか。

 実は若いころ、王都の劇団に入ったら良いんじゃないかって、言われたこともあるんですよ。グハハァ」


 って、ほざいていた。

 今作った話じゃないのか。


 《アンサ》の港で、子爵達と捕虜と押収物を降ろして、また《ベン》島に戻った。

 二往復して、王国軍二百人ほどを輸送し終えたら、任務が完了した。


 《ベン》島に駐留軍は残すが、僕達も含めて、後の部隊は一応解散となる。


 僕だけは、明日開かれる王宮での戦勝祝賀会に、出席する必要があるらしい

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