第51話 死兵
遠くの方から「ドドドッ」と蹄の音が、聞こえてきた。
その直後、〈ハヅ〉と兵隊が「敵襲だ」と叫んで、走って帰ってくるのが見える。
騎馬と徒歩では速さが違い過ぎて、効果的な偵察とはならなかったな。
騎馬隊は、勢い良く走りこんできたが、柵を発見して、急制動をかけた。
しかし、車と違って、馬は急には止まれないようで、柵にぶつかる馬が続出している。
騎乗者は地面に投げ出され、馬に踏まれた者もいるようだ。
中には、左右に逃げ場がなくて、鉄の三角の槍に刺さった馬も出てきている。
後続の馬に押しつぶされる形になった馬もいて、柵の前で、騎馬隊は大混乱だ。
百騎ほどの騎馬隊のうち、三十騎は、戦闘不能となった。
王国軍特別遊撃隊も盛んに、弓矢と槍で応戦して、少しづつだが、さらに敵兵を無力化していく。
騎馬隊は機動力を失うと脆い、柵という防御壁があるのも心強い。
敵兵はこちらの三倍以上だが、この分じゃ、船に逃げ込む必要もないな。
指揮官が逃げると、士気に関わるからなと考えていると。
徒歩になった二十人ほどの敵兵が、柵を乗り越えようとしているのが、視界に入った。
乗り越える時は、一時的に無防備になるため、半分近くが、味方の攻撃でやられている。
乗り越えても、柵のこちら側では、寡兵だ。
また、数を減らしていく。
敵は、切羽詰まって無謀な攻撃を仕掛けてきたな。
ただ、生き残った敵兵は、精鋭の様で、味方の兵士の間を巧みにすり抜けて、接近してきた。
一直線に僕を目指して、兵士の攻撃をいなしながら、進んでくる。
迫って来た敵兵を、兵長と〈ハヅ〉と〈ハパ〉先生が迎え撃った。
三人の動きは流石で、精鋭の兵士もものともしない。
完全に敵兵を抑え込んでいる。
少しヒャッとしたけど、大丈夫だなと思ったその時。
敵兵三人が、兵長と〈ハヅ〉と〈ハパ〉先生の剣に自分から刺さりにいって、命を振り絞って剣の柄を両手で、固く握りしめた。
敵兵の真ん中にいた、一際豪華な兜と鎧を付けた〈ティモング〉伯爵と思しき敵が、僕に迫ってきた。
乱戦の中、豹を思わす俊敏さで、かき分けて来る。
〈ハパ〉先生の剣は、今抜けたところだ。
驚くほどの技量で、僕の喉笛を目掛けて、疾風のように剣を突き刺してきた。
恐ろしく素早くて、正確だ。
これはヤバイ。
僕は慌ててスキルを使った。
刹那の後、〈ティモング〉伯爵が、目を大きく見開いて、何があったのか分からないという顔で、横にいる僕を見ている。
外すとは思っていなかったんだろう、体勢は前に大きく崩れている。
僕は持っていた剣で、隊長の脇腹を突き刺した。
剣は、あばら骨に当たって、「ゴギッ」って鳴った後、骨の下を滑って、内臓まで到達したようだ。
〈ティモング〉伯爵は、そのまま前のめりに倒れて、口と脇腹から大量の血を流した後、動かなくなった。
〈ハパ〉先生は、念のためか、背中から伯爵の心臓に剣を滑り込ませながら、「大丈夫ですか」と聞いてくる。
「怪我はないですか」
「痛むところはないですか」
と兵長と〈ハヅ〉も聞いてきた。
「大丈夫だよ。何とも無いよ」
と勤めて平静を装い、僕は答えておいた。
その後直ぐに、兵長は、
「《ラング》子爵〈タロスィト〉は、ここに〈ティモング〉伯爵を討ち取ったり」
と大きな声で、勝ち名乗りをあげた。
これに呼応して、味方の兵士達も「勝ったぞ」「勝利は我らのもの」と口々に、勝鬨を上げ始めた。
これで、ここでの戦闘は決着した。
柵の向こうの騎馬は散り散りになって、逃げ去っていく。
敵兵で死んだ者は、三十名はいるようだ。
「領主様、命がけでお守りすると言っておきながら、申し訳ありません。
続けて主君を失うところでした、情けない限りです」
と兵長と〈ハヅ〉が頭を下げてくる。
〈ハパ〉先生も、
「護衛の役目が果たせず、面目ありません。慢心しておりました」
と、僕に謝ってくる。
「いや、僕の判断が悪かったんだ。早めに船に引き上げれば良かったんだよ。
皆のせいじゃないよ」
「そうであっても、領主様を守るのが、我らの使命。
一番大事なことが出来ておりませんでした」
「僕はかすり傷一つないよ。
あんな死兵がいたらしょうがないよ。
皆、無事ならそれで良いじゃないか。これを教訓にしたら良いだけさ。
ここまだ戦場だから、この話は帰ってからしよう」
僕は捲くし立てて、話を有耶無耶にした。
誰かが悪い訳じゃない、敵も命がけだっただけだ。
この話を終わらせてから、〈ハヅ〉が、
「領主様、それにしても、良く伯爵に勝てましたね。実戦で本領を発揮するなんて、凄いですね。
初陣なのに落ち着いているし、やっぱり大物ですね」
「伯爵は、負け戦で平常心じゃなかったんだよ。
実力の半分も出て無かったんだろうね。
〈ハヅ〉の方こそ、初陣でたいしたもんだよ」
二人で褒め合っていると、じっと〈ハパ〉先生が見ている。
先生に、見られていると何か怖い。
重傷を負ったものは、七名、軽傷者は九名もいたけど、奇跡的に味方の死者はいなかった。
柵で足止めが成功して、柵越しに敵と相対出来たため、落ち着けたし、余裕が生まれたんだと思う。
敵の状況は、真逆だったのだと思う。
当初の作戦指示は、敵船の牽制だったが、衝角を使った突撃はまだしも、騎馬隊との戦闘は、指示とは大きく違っている。
しかし、船舶を運用する以上、入り江と湾の確保は重要だ。
作戦指示からは逸脱しているが、問題とされることはまずないだろう。
敵増援部隊と騎馬隊を壊滅させたのは、戦略的にも、大きいことだからな。
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