第50話 粗大ゴミの有効利用

 前方の船は、必死に浅瀬に逃れようとしているが、充分海水が入ったんだろう、大きく傾きながら、徐々に海に沈んで行こうとしている。


 甲板上は、阿鼻叫喚だ。


 「船長、敵兵は皆、溺れているけど。泳げないのか」

 

 「《インラ》国は北にあるから、泳げるヤツは少ないんだ。

  それに、服どころか鎧を付けているから、泳げるヤツでも長くは浮いてられない ぜ。

 若領主も落ちたらやばいぞ。気を付けてくれよ」


 衝角の有用性も証明できたから、当初の作戦に戻ろう。


 「船長、敵船の牽制は充分できたから、一度湾外へ出よう。

 そこで暫く様子を見るよ」


 「牽制ね。これを牽制って言うんですかね。

 湾外へ出ることには異存ありませんぜ」


 船長の言う通り、牽制の域を超えているかもしれないな。

 湾外へ出るのは、もうこれ以上、溺れた人を見たくないっていうのが大きい。

 戦争とはいえ、沢山人を死なせてしまった。


 「深遠の面影号」は、その場で大旋回をして、進路を湾の入り口へ向ける。


 周りに張り付いていた敵小型船を、旋回中に巻き込んで、転覆させたまでは良かったのだが。


 強引過ぎたのか、限界が来ていたのか、「深遠の面影号」から、

 「メリメリ、ビッシ」と大きな音がした。


 「若領主、船が壊れちゃったよ」と船長が泣いて訴えてくる。


 右舷に乗り出して、音のした方を見ると、幸いなことに、壊れたのは衝角と船の繋ぎ目のところだ。


 この部分に、力学的な歪があったのだろう。

 この部分が弱くて結果的には良かったな。


 「船長。良く見てみろよ。壊れたのは船じゃなくて、衝角の繋ぎ目だよ」


 「そうか、船じゃなくて、良かったよ。全く、肝を冷したぜ」


 ただ、このまま衝角をブランブランさせて、航海は出来ない。

  衝角が当たって、今度こそ船が壊れてしまう。


 船を入り江に入れて、衝角を撤去することにした。

  敵船は大半がダメになって、残った数隻も逃げ散ってしまっている。


 「船長、悪いけど、僕達は上陸して、昼を食べるよ」


 「若領主、了解だ。

 付けるのは大変だったが、取るのは、切るだけだから簡単だ。

  直ぐに俺たちも食べに行くから、昼飯の用意を頼むぜ」


  昼食のメニューは、黒パンと塩漬け肉を豆と煮込んだスープだ。

  火が使えて暖かいものが食べられるだけ、船で食べるよりましだ。


  ただ、死人がいる状況ではあまり食べられなかった。


 食べ終えた兵隊たちは、溺れた敵兵を海から、浜に上げている。

  運ぶのに邪魔になる剣や鎧などは、海の中で外して、これは船に積み込んでいる。


 「兵長、剣や鎧は取っちゃっていいのか」


 「ええ、領主様。戦利品として押収して良いことになっています。

  剣は敵方の戦力を少しでも削ぐことに繋がります。

  負ければそれまで、後は勝った者の権利と言いましょうか。

  私達も気を引き締めないとああなります。

  それと、この者達はどうなるのか、分かりませんが、遺体が引き渡される時に、鎧などは、嵩張るし、重くて運び難いという現実的な話もあります」


 良く見ると、敵船に搭載されていた物資も海から拾い上げて、船に積み込んでいる。

 武器や食料はもちろん、荷車や小船まで積み込んでいる。


 衝角で浮かれていたが、現実は生々しくて、非情だよ。

 やはり、戦争は嫌なものだな。


 「若領主、撤去が終わりやしたぜ。

 すっきり、すがすがしくなりましたぜ。ウハハハ」


  船長は、嬉しくて堪らないようだ。一人だけ元気一杯だ。


 「船長は元気だな」


 「おう、飯がうまいぜ。それと、あの鉄の三角はどうする。

  湾内じゃ、いつか波で打ち寄せられて、船が座礁するかもしれないぜ。

 どうするか決めてくれよ、若領主様」


 どうするかなと考えていたら、入り江から内陸部へ通じる道から、数騎の小隊が駆けて来るのが見えた。


 頼もしいことに、我が《ラング》子爵家は、すでに臨戦態勢だ。


 兵士たちは陣形を整え、兵長と〈ハヅ〉と〈ハパ〉先生が、僕の前方を固めている。


 しかし、この小隊は敵では無く味方だった。

 遠くから、旗を振りながら近づいてきた。


 僕達の様子を確認するのと、戦況を伝えに来た伝令のようだ。


 伝令が伝えてくれた戦況は。


・敵本隊が城壁のある町に立てこもっており、これを味方の王国軍本隊が取り囲んで睨み合いを続けている。


・敵本隊は増援部隊を待っている様子で、王国軍本隊は町の敵と増援部隊に、挟み撃ちされないよう、周辺を警戒している。


 とのことだった。


 因みに《ラング》子爵家は、王国軍特別遊撃隊というらしい。


 一方、伝令小隊はこの入り江の状況を見て、興奮していた。

 勝機が訪れたと。


 《ラング》子爵は戦局変えた。

 素晴らしい戦功を立てられたと褒めちぎっていた。


 王国軍特別遊撃隊が、敵軍の増援部隊を蹴散らしてしまったようだ。


 後は、敵軍の精強な騎馬隊が厄介ですが、これさえ何とかなったら、戦争は勝ちですと言って、にこやかな顔で帰っていった。


 「騎馬隊」か、これはあれじゃないのか。


 「兵長、さっき伝令が言っていた騎馬隊って、父上がやられた部隊か」


 「ええ、領主様。我々の仇です。

  伝令の言う通り精鋭で、指揮官の騎馬隊長は一騎当千のつわものです。

 〈ティモング〉伯爵と言って、敵方の有力な武将です」


 やっぱりそうなのか。


 敵は、増援部隊を待っていて、機動力のある精強な騎馬隊がいる。

 ひょっとすると、この入り江を強行偵察するかもしれない。


 段々、心配になってきたぞ。船に引き上げることも考えなければならないな。

 騎馬隊は、海までは駆けてこないだろう。


 「兵長、騎馬隊がやってくるとしたら、どこから来ると思う」


 「領主様の言葉とも思えませんね。

 周りを切り立った崖で囲まれているこの湾の入り口は、海と伝令がやって来た道しか無いでしょう」


 今や粗大ゴミとかした衝角の有効利用を思いついた。


 「船長。あの鉄の三角を道の上に置いてくれ」


 「若領主、そんなことをしたら、往来の邪魔になるぜ」


 「そうだよ。邪魔をするんだ。

 念のため、騎馬隊を防ぐ柵を作るぞ。

 丸太も持ってきてくれ」


 それから総出で、防御柵を作った。


 押収した杭を打って、そこに丸太を二本、横にさしわたして設置する。


 キモは、二個の鉄の三角だ。大きな黒い尖った三角が、道から来るものを威圧している。

 非日常感で、禍々しさまで帯びているぞ。


 鉄の三角が突出していることで、柵に奥行きが出来て、防御効果も増大してそうだ。

 鉄の三角も杭でしっかり固定して完成だ。


 兵長と〈ハヅ〉が交代で、偵察隊を道の先に配置する手筈も整っている。

 これで、大方安心だ。


 押収した物資と遺体の引き上げが、終了したら、乗船して待機しよう。


 鉄の三角はこのまま放置だ。邪魔なら、誰か片づけるだろう。


 戦争の最中だから仕方がないんだよ。

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