第44話 〈アコ〉と散策

 「お母様、分かりました。〈タロ〉様、そんなに広い庭ではありませんが、ご案内させて頂きます」


 「分かりました。それじゃ、〈アコ〉よろしく頼むよ」


 僕は〈アコ〉の案内で西宮の庭をゆっくりと歩きだした。


 「ここの庭は、常緑の灌木で、幾何学模様の迷路のような形を再現しています」


 「迷路なの」


 「複雑なものではないのですが、入り組んだ形状となっています」


 「入り組んでいるの」


 「狭い庭で散策する道を長くするためと、散策者同士の視線を遮るためと聞いています」


 「そうか。人が見えると落ち着かないからな」


 「「タロ」様、この辺りの築山には薔薇の花が植えられています。

 今はまだ蕾ですが、もう少ししたら色とりどりの花が咲いて、それは豪華なものと  聞いています」


 「そうなんだ。それは楽しみだな」


 「本当ですわ。是非、〈タロ〉様と二人で歩きたいです」


  庭の小径を歩いて行くと、所々に植えられている蕾が付いた花木が目につく。

 これも計算された場所に配置されているようだ。

 

 〈アコ〉の表情を窺うと、楽しそうにしているけど、少し不安そうにも見える。


 「〈タロ〉様、この先の四阿(あずまや)で少し座りませんか」


 「もちろん、良いよ」


  四阿は全て木製で、簡単な屋根と格子の壁で出来ている。

  一方だけが開いている構造だ。

  木製のベンチに〈アコ〉と並んで座った。


  この四阿の周りに人の気配は無く、静かな時が流れている。


 「こうして〈タロ〉様と、もう一度並んで座れるなんて、私は本当に嬉しいです」


 「そうだな、僕も嬉しいよ。でも、これからは何度でも出来るよ」


 「〈タロ〉様、私との婚約、嫌じゃ無かったですか」


 「そんな訳無いよ。〈アコ〉と離れたくないよ」


 「本心ですか。私は伯爵家の娘じゃ無くなってしまいましたよ」


 「伯爵家の娘じゃなくなっても、〈アコ〉は〈アコ〉だよ。変わらず、僕の許嫁だ」


「〈タロ〉様、・・・・・・・」


「〈アコ〉、僕は〈アコ〉と一生歩んでいきたいと思っている。

 家柄や世間体は関係ないよ。 

〈アコ〉が欲しいんだ」


「〈タロ〉様、そう言って頂けるのをお待ちしていました。 

 欲しいと言って頂いたので、もう私は〈タロ〉様のものです」


 おぉ、こんな展開が待っていたのか。

 何か〈アコ〉の感情に、答える行動をするしかないぞ。

 緊張するな。


 僕は〈アコ〉の両手を握り、軽く引き寄せた。

 自然と〈アコ〉の上半身は、僕にもたれかかってきた。


 〈アコ〉の手は、やはりフニュって柔らかく、大きな胸は、僕の身体に、その存在を誇示している。 

 また、大きくなった気がする。

 大玉白スイカだ。

 大好物だ。


 僕は、左手はそのままに、右手を「アコ」の肩に廻して、もっと引き寄せた。

 上半身同士を隙間なく密着させた。


 〈アコ〉の胸が、僕の胸に押し付けられて、超柔らかいグミのように左右に大きく広がっているを、僕の胸で感じてしまう。


 〈アコ〉は、上目遣いで僕の目を見て、右手を恐る恐る僕の背中にまわしている。

 顔は赤く上気して、少し震えているようだ。


 これからどうすれば良いんだ。

 もっと、どんどんやって良いのか、どうしよう。


 僕の思考が固まっていると、

 「アッ、〈タロ〉様。人がきます」

 と言って、〈アコ〉は僕の手を離して、するっと身体を離した。


 残念な気もするが、ホットしている部分もある。

 結構ヘタレなんだよ。

 悪いか。


 しばらくすると、誰かが小径を歩いている音がしてきた。

 散歩している老夫婦が、僕達に微笑ながら会釈して通り過ぎていった。


 「〈アコ〉様、・・・・・・・」


 「もう準備も終わっただろうから、部屋に戻ろうか」


 「はい、〈タロ〉様。分かりました」


 〈アコ〉が、何だか助かったという雰囲気なのが、何だかな。


 帰り道は僅かな時間だけど、手を繋いで歩いた。

 手を差し出したら、「アコ」は躊躇なく手を繋いできたよ。

 ウキウキした感じで、機嫌が大層良いように見える。


 所詮、僕は手を繋ぐ程度のことしか出来ない。

 チキン野郎さ。

 所詮、お子様カレーさ。


 〈アコ〉母娘の部屋に帰って、婚約の書類に丁寧にサインをした。


 〈アコ〉の母親は「これで安心です」と言って、嬉しそうだった。


 ただ、不安が解消されたためか、猛烈にお喋りをしだして、〈アコ〉に怒られていた。

 一杯たまっていたんだろう。


 あまり遅くなると危ないので、〈アコ〉の母親のお喋りを遮って、僕は西宮を後にした。

 〈アコ〉は、門まで見送ってくれた。


「〈タロ〉様、名残惜しいです。色々有難うございました。

 くれぐれも体に気を付けて下さい。

〈クルス〉ちゃんと〈サトミ〉ちゃんに、よろしくお伝えください。

 私も、元気にしてたと言ってもらえると嬉しいです。

 お手を煩わせますが、この手紙もお願いします。

 また、訪ねてきてくださいね。

 ずっとお持ちしております」


 「〈アコ〉、さようなら。僕も名残惜しいよ。

 出来るだけ近いうちに、また来るよ」


 後日、約束どおりもう一度蜜柑を販売した。

 蜜柑が取れるのも終盤で、千個しか仕入れられなかった。


 気温も上がったため、ダメになるものも多くて、結局八百個の追加販売となった。

 でも儲けは四十五金貨となり、店と土地を購入しても余裕だ。


 店の改修にも十分な資金が出来た。

 店と土地の購入やその他諸々は、〈クサィン〉に頼んでおこう。

 領主のすることじゃない。


 それと王都の煉瓦・鍛冶職人の〈カリィタ〉が移住してくることになった。


 手続きを済ませ、元の住居を引き払い、旅費を浮かせるために、一緒に船に乗ってきている。


 最初は渋っているようだったが、よくよく考えてみると、このまま王都に居てもどうしようも無いことに気づいたと言っていた。


 これ以上、妹の邪魔にならないようにしたいらしい。


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