第42話 町娘とならず者(2)
敷地の奥には煉瓦と鍛冶用の工房があるみたいで、店の入り口で結構大声で呼んだけど、聞こえなかったようだ。
全く小売りをする気が見受けられないな。
それとも、全く売れないので店番をする必要が無いのか。後者の気がする。
煉瓦と鍛冶は、発展途上の町では需要が大きいが、王都にように発展してしまった大きな町では厳しいと思う。
煉瓦は住居などの修繕と用途が限定されてしまう。
鍛冶も、包丁なら包丁だけの既製品を売っている、それぞれ金属製品ごとの専門店があるからな。
安いし、早いし、品揃えも全然違う。
「御曹司様のお商売は、人が溢れるくらい盛況なのに、うちはこのありさまです。
煉瓦と鍛冶ではもうやっていけません。
私の働いて得るお給金はたかが知れています。
そこで、御曹司様にご相談なのですが、ボロボロの店の価値は無いと思いますが、この土地を買って頂けないでしょうか。
お商売を広げるために必要ではないですか」
成程、利益が出せない土地を売って借金を返すのか、当たり前の発想だ。
妹さんは、こちらが果物を扱う商売を始めると思っているようだ。
今日の売れ行きを見ると、それもありかもしれないな、
「聞くけど、今までどうして売ろうとはしなかったの」
「それは、今は正直追い詰められています。
このままでは、借金の代わりに娼館へ落とされてしまいます。
そうなるくらいなら、自分から進んで娼館に身を売った方が、まだましです。
借金の倍はお金にはなると思います。
でも、それは避けたいのです。娼婦にはなりたくありません」
「私も以前は、両親から受け継いだこの店を何とか守りたいと頑張ってきましたが、妹を犠牲にするのでは、全く意味がありません。
反って死んだ両親に顔向け出来なくなります。
この土地を売って、借金が無くなるのならその方が良いです」
この土地が必要か。どうか。どうだろう。
お金に余裕があれば、王都に土地を持っているのはありだと思う。
が、お金に余裕があるのだろうか、少し計算してみよう。
蜜柑2千八百個×六銅貨(蜜柑単価)=一万六千八百銅貨
一万六千八百銅貨÷百=千六百八十銀貨 千六百八十銀貨÷百=百八十六金貨
百八十六金貨―一金貨(蜜柑仕入れ)―五金貨(運送代)=
百六十金貨(蜜柑の儲け)
百六十金貨+五十金貨(羽の売却)―二百金貨(借金)=十金貨(使えるお金)
借金を差し引くと十金貨しか残らないな。
ただ、もう一度蜜柑を売れば、ある程度お金が入ってくる目途はある。
「うちもお金があり余って困っている訳では無いので、値段次第だが。
他に買ってくれる人の当てはないのか」
「それが、以前から条件が良ければ売ろうと思ったのですが、中々話がまとまりません。
売値は借金が返せる二十金貨で構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。
見かけより土地は大変広いのですよ」
足元を見られて買い叩たかれるんだろう。
それにここは、大通りから一つ奥に入った通りで、何といっても店の間口が狭すぎる。
小さな店しか構えられないのに、不必要な奥の土地代までは、負担したくないのだろうな。
「分かった。二十金貨なら買い取れるよ」
「御曹司様の有難うございます。これで私は娼婦にならずに済みます」
「また、妹を助けて頂いて有難うございます。ほっとしました」
「この土地と店を売ってしまって、後の生活はどうするんだ」
「私は友達の所へ身を寄せて、何とか暮らして行こうと思います。
でも、兄が心配です」
「妹に心配されて、情けない限りですが、男一人なら何とでも出来ます。
心配には及びません」
「この店を改修するのは、まだ先なので暫くは今のまま住んでいて良いよ。
それと、提案なんだが。妹さんは改修後の店で働かないか。
お兄さんは、思い切って《ラング》子爵領に来ないか。
《ラング》子爵領は発展途上なので、これから大量に煉瓦が必要になるんだ。
煉瓦を焼く炉も用意するよ」
「御曹司様のご配慮痛み入ります。
店が変わってもこの場所で働けるのは、望外の幸せです」
「御曹司様、有難いお申し出なのですが、私は少しお時間を頂きたいです。
この町以外に住むなんて、今まで考えたこともありません。
正直現実感が無いのですよ」
「さっき言ったとおり、店を改修するのはまだなので、返事は後で良いよ」
「分かりました。良く考えてみます」
店は、南国の果実を売る店にする予定だ。妹さんの読みに乗ることにした。
蜜柑販売も成功したし、王都の少しは商売を知っている若い女性が、展望があると踏んだのだから、何とか商売になるのだろう。
父親の帆船を有効利用したい意向もある。船員の給金と船の維持のために金が必要だ。
それを南国の物産の運送で賄えないかと考えている。
兄さんの方は、領地には居ない種類の職人だから、領地の発展に役に立つと思う。
少し話をしただけだが、商売向きじゃないが、人柄に問題は無い感じだ。
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