第41話 町娘とならず者

 ただもう一仕事残っている。


 あまりにも人を集めて大騒ぎになったので、〈クサィン〉が、ご近所さんにお詫びする必要があると言い出したんだ。


 これからの付き合いもあるし、迷惑をかけたのは事実だし当然かと思う。


 蜜柑を売らないで取っておいて、配ることにした。

 ついでに〈アコ〉にあげる分も取っておいた。


 ご近所は場所柄、店舗ばかりで、渡した蜜柑の効果もあったのか、皆怒っては無かった。

 ただ、一個所どうしても店の人に会えない所があって、店は開いているのに呼んでも出てこない。

 どうなっているんだ。


 店の看板は、レンガと鍛冶の店となっているんだが、小さなボロボロの店で人の気配がしない。

 〈クサィン〉の話によると細々と営業しているが、扱っている商品が王都では時代遅れで、全く商売になっていないとのことだ。


 良く考えたら、こんなことは、子爵家の領主がやることじゃないんじゃないか、〈クサィン〉に任せたら、良かったんじゃないかと思い当たった時。


 ― キャー 離しなさいよ 誰か助けて ―


 小強面の男数人に追われている女の人が、悲鳴をあげながら走ってきた。


 何事が起ったのかと思っているうちに、僕の目の前まで来てしまった。

 これは厄介事に巻き込まれたな。


 「すいません。そこの店の者なのですが、怖い男の人に追われています。

 どうか助けて下さい」


 女性の年は良く分からないけど、まだ若い女性だ。

 少し性格がきつ目に見えるが、凄い美人だ。


 膝丈のスカートから覗いている足もしなやかで、均整がとれた理想的な身体つきをしている。


 「何があったんだ」


 「借金とりに拐かれてしまいます。もうそこまで来ています」


 怖い顔をした、暴力沙汰を生業としていそうな男が三人、若い女性を取り囲んだ。


 「お姉ちゃん、手間を取らせるなよ。諦めて、大人しくついてこいよ」


 「何を言っているのですか。決して諦めないし、ついてなんか行きません」


 「期限はもう二十日も過ぎているんだ。返すあてなんか無いだろう」


 「うぅ、もう少し待って下さい。必ず返します」


 「そのセリフは聞き飽きたよ。もう観念しなよ。死ぬわけじゃないんだから」


 男が若い女性の手を掴んで、強引に連れて行こうとしている。

 やれやれ、目の前で何をしてくれるんだ。まるで時代劇の町娘とならず者だな。


 「白昼の往来で、女性(にょしょう)を堂々とかどわかすとはどういう了見だ」


 「何だ、このガキは、爺さんみたいな喋り方しやがって。お前には関係ないんだよ」


 「面前に繰り広げられる無法を、野放しにするわけには参りません」


 「ハァ、変なガキだな。こっちにはちゃんと証文もあるんだ。

  悪いのは借りた金を返さない、その女の方だ」


 「曰く付きで御座るようだが、ここは一先ず退いて下され」


 「ハァ、一体何なんだよ。邪魔をするならガキでも容赦しないぞ」


「待って下さい。《ラング》子爵家と事を構えるつもりですか。

 そちらの得にはなりませんよ」


 見かねて、〈クサィン〉が割って入ってきた。

 調子に乗り過ぎたかな。


 「ちぇ、貴族か。塩子爵のお坊ちゃんか。面倒だな。

  今日は引き上げるが、次は大人しくついてこいよ。

 分かったか」


 三人の男がすごすごと帰っていった。

  「覚えていやがれ」等、お決まりの捨てゼリフが聞けなかったのが残念だ。

  うちは、塩子爵なのか。


 「《ラング》子爵の御曹司様、危ない所を有難うございます。

  私はこの通りに住んでいます〈カリーナ〉と申します」


 「イヤイヤ、大したことは何もしていないよ。気にしないで」


 「そんなことは無いです。本当に助かりました。お恥ずかしい限りです」


  借金のカタにどうかされると言う話だと思うが、他人に知られたく無いんだろうから、事情を聴いたりはしないでおこう。


 「ところで、この店の人なのかな」


 「えぇ、そうです。お店と言ってもアレですけど」


 「そうか。丁度良かった。近所の人に迷惑をかけたので、お詫びに回っているんだ。

  蜜柑を売ってたら、人が集まり過ぎて、大騒ぎになってしまったんだよ。

 迷惑をかけて悪かった。 お詫びの印に蜜柑を渡すよ」


 「まぁ、蜜柑ですか。こんな高価なものを。迷惑なんてとんでもありません。

  お店は開店休業状態ですし、今しがた助けて頂きました。

  こちらがお礼をすべき所なのに、とても受け取れませんわ。

  逆に、ちゃんとしたお礼が出来ないのが申し訳ないです」


 「お礼はいらないよ。さっきも言ったけど気にしないで。

  近所には全員配ったんだ、一軒だけ渡さないのもアレだから、遠慮しないで貰ってよ」


 「分かりました。あまり固守するのも、反って失礼ですね。

 頂戴いたします。暫く待って下さい。

 ここの店主で兄の〈カリィタ〉を呼びます」


 女性が、店の裏口から出て、お兄さんを呼びにいったようだ。

 奥にも建物があるのか、この店は見かけより奥に敷地は広いんだな。


 「御曹司様、妹を助けて頂いて有難うございます。蜜柑もすいません」


 兄が妹に促されて店の奥から出てきた。

 平均的な身長だが、かなり痩せていて仕事柄か薄汚れた作業服姿だ。

 煤けた顔は、妹に似て整っているように見える。

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