第35話 秘密の話

〈ハズ〉と話をしていると、使いの者が来て、〈アコ〉の母親が部屋までご足労願えないかと言ってきた。


 「〈ハバ〉伯爵夫人、久方ぶりにお出会い出来て嬉しく思います。

長く顔をお見せ出来なくて申し訳ありませんでした。ご壮健でなりよりでございます」


 「〈タロスィト〉様、丁寧なご挨拶を有難うございます。

 この度は、我が娘〈アコーセン〉の窮地をお救い頂き、誠に感謝いたします。

 私の何より大切な宝物を守って下さって、この御恩は一生忘れません。

 また、目を見張るほどご立派になられて、正直、驚きが隠せませんわ」


 「過分な謝辞でございます。自身の婚約者を助けるのは当たり前の事です。

 前回お会いした時よりは、少しでも成長出来ていたならを有難いのですが」


 「そうは言っても、危険を顧みずに出来るものではありません。〈アコ〉は果報者です。

 それと私の事は〈ハル〉とだけ呼んで下さいな。堅苦しいのは本意ではありません」


 「分かりました。〈ハル〉様と呼ばせて頂きます。私は〈タロ〉で結構ですよ」


 「謝らなければいけない事があります。

 〈タロ〉様や兵士の方への対応が、大変失礼で、情けないものであった事をお詫び申し上げます。 私に力が無いばかりに、皆様に報いることが出来ませんでした。お許し下さい」


 「〈ハル〉様、顔を上げて下さい。僕は〈アコ〉が無事ならそれで充分ですよ」


 「〈タロ〉様、〈アコ〉を大切に思って頂いて有難うございます。

 失礼して、少し試すような事をお聞きしますが、仮に、〈アコ〉が伯爵家の娘ではなく、ただの貴族の娘であっても、〈タロ〉様はお嫁に貰って頂けるでしょうか」


 貴族の婚姻で愛情の有無を聞くのか。不思議な問いかけだな。

 本人ならまだしも、母親がするような質問じゃないぞ。


「お母様止めて、〈タロ〉様にそんなことを聞くなんて」


「〈アコ〉は凄く素敵な女性で、僕にとって、もう掛け替えのない人となっています。

 ですから、もちろん何があっても嫁に来て欲しいと思っていますよ」


「〈アコ〉、聞こえましたか、〈タロ〉様の愛情あるお言葉を」 


「もぉ、お母様。〈タロ〉様の前でそんな風に言わないで、恥ずかしいから」


「〈タロ〉様、こんな娘ですみません。〈タロ〉様の素晴らしさが、まだ十分判っていないのです。〈アコ〉が羨ましくて、私が代わりに嫁ぎたいくらいです。後で厳しく言い聞かせますので、今はご容赦下さい」


「もぅ、お母様、変なこと言わないで。止めてよ。〈タロ〉様も困っていらっしゃるわ」


「〈タロ〉様のお気持ちに、救われる思いです。不躾ですが、一つ秘密を打ち明けます。先ほどのお言葉に縋るような話で、申しわけないのですが、宜しいでしょうか」


〈アコ〉の母親が、急に声を小さくして、耳元で話始めた。


「その、秘密ですか。うーん、そうですね。〈アコ〉の為になる話なら伺いましょう」

 僕も出来るだけ声を小さくして返事を返した。


「まぁ、重ね重ね、勿体ないお言葉有難うございます。秘密と言うのは・・・」


〈アコ〉のお母さんが語った、秘密の話を要約すると、

  

 伯爵と〈アコ〉のお母さんの関係は、最初からあまり上手くいって無かったが、今は完全に冷え切っている。

 伯爵の寵愛を受けている側室が、あたかも正妻のように、我がもの顔にふるまっている。

 伯爵は側室の言いなりで、正妻にも係わらず〈アコ〉のお母さんの話を一切聞かず、蔑ろにしている。

 〈アコ〉とお母さんは、立場を失って、衣食住の質も落とされて、まるで使用人のような扱いを受けている。 

 側室はそれでも飽き足らず、正妻になろうと画策している。 


と言った具合だ


「今回の件で、堪忍袋の緒が切れました。護衛の人数を増やして欲しいと懇願したのに、案の定こんな事態となりました。

 護衛の兵士も、むざむざと若い命を散らしてしまって、可哀そうでなりません。


 このままでは、私達母娘は亡き者とされてしまう恐れがあります。

 そこで、近日中に、実家の王宮に帰参して、夫とは離縁するつもりです。

 戻る準備は整っているのですよ」


 「そうですか。分かりました。酷い目に遭われていたのですね。

 無事戻られるのを祈っていますよ」


 「〈タロ〉様、ご理解頂き有難うございます。

 この伯爵家との関係を壊すことになると思いますので、申し訳ありません」


 「いいえ、この伯爵家とはそれほど交流はありませんから、気にしないで下さい」


 「〈タロ〉様、幾度お礼を重ねても言い足りませんわ。

 〈アコ〉の将来だけが気掛かりでしたが、これで安心できます。本当に有難うございます。

 〈アコ〉もお礼を申し上げますので、後程〈タロ〉様のお部屋に訪ねていきます。

 直ぐには寝ないでお待ち下さいね」


「何回もお礼は言って頂いたので、もう気にしないで下さい」


「そうはいきません。〈タロ〉様は〈アコ〉の命の恩人ですから」


〈アコ〉のお母さんは、結構強引なところがあるな。

 マイペースで話も進めていくし。王族出身のせいかな。

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