第32話 馬車強盗
翌朝、〈アコ〉が帰るのを皆で見送った。
〈アコ〉は笑ってはいたけど、寂しそうだった。
前よりもっと、許嫁達の仲が良くなっている。もう完全に友達だな。
〈アコ〉が、何だか非難しているような、訴えているような意味深な目で、僕を見てたのは何故なんだろう。気になるな。
〈アコ〉が帰って、部屋でまったりしていると、また突然中年猫が現われた。
今度も、一mほど離れた空中に浮いていやがる。
「また人の部屋に、無断侵入か。でも、今回は許そう。
この間は助かった。ありがとう。《紅王鳥》の攻撃を跳ね返せた。命拾いしたよ」
「役に立って良かったョ。言ったとおり、素晴らしい特典だったろう。
特典は一回切りだから、もう無茶したらいけないョ。
今日はその話じゃなくて、忠告に来たんだョ」
「忠告? 本当に懲りたよ。もう命が危ないことは絶対しないさ」
「それは守って貰わないと困るけど、その話じゃ無いョ。
良くない波動を帯びた五人組の動きが怪しいんだョ。今、街道を必死に走っているんだョ。
町の外をウロウロしてたんだけど、何かを狙っている気がするョ」
聞き捨てならない話だ。
〈アコ〉が帰っていったタイミングと合うじゃないか。悪い予感がする。
「ありがとう。中年猫」
中年猫に礼を言って、僕は直ぐに行動を起こした。
買ったナイフを腰に差し、ホールの剣を乱暴に引き抜いて、厩舎へ向う。
途中で見かけた訓練帰りの〈ハズ〉に、直ぐに僕を追って街道を進むように指示を出した。
〈ハズ〉は大声で何か言ってたけど、今は構ってられない。
〈星雲〉に跳び乗り、街道を目指した。門番は吃驚してたが仕方が無い。
街道を暫く進んでも、〈アコ〉の馬車は中々見つからない。相当前に町を出たからな。
今はもうお昼時だ。
そう思っていたら、街道から少し外れたところに、白い煙が立ち昇っているのが、目に入った。
あそこか。
急いで〈星雲〉をやると。馬車が見えくる。
馬車一台と、人が数人いるようだ。
さらに進むと、女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「キャー、イヤー。手を離して。止めて。お願い」
〈アコ〉の声じゃないか、悪い予想が当たってしまった。
拙いことに〈アコ〉が捕まっている。
〈星雲〉から降りると、〈アコ〉を捕まえている強盗に近づていく。
五人の強盗のうち、三人は倒れて動かない。
一人いた護衛の兵士も、剣を固く握りしめたまま倒れ伏して動かない。
お付のメイドは、強盗の一人に縄で縛られている最中で、口に猿轡を嚙まされて、ウーウーと、くぐもった悲鳴を上げ続けている。
〈アコ〉は、強盗に強く腕を掴まれて、逃げられないようだ。
昼食のための鍋がひっくり反り、黄色いシチュ―が辺り一面に撒き散らされて、白い湯気を盛んに立てているのが見える。
シチュ―の具の赤いニンジンと、緑の葉野菜が土に塗れて、黒い瘴気に侵されたように転がっているのも見えた。
馬車を止めて、昼食を取ろうとした時に襲われたようだ。
走って馬車に追いつけるタイミングはもう訪れないから、真昼間でも構わず襲ったんだな。
「そこの強盗。その子から手を離せ」
「ケッ、何だ、お前は。一人だけか。まだ、子供のクセに、二人を相手にする気か」
汚いなりをした強盗だ。
体格は貧弱で、がりがりに痩せている。
大方、逃亡した奴隷か、食い詰めた他所の領民のなれの果てだな。
持っている武器も、錆びたナイフしか無い。
「あぁ、〈タロ〉様。私のことはお気になされずに、どうぞこの場から逃げて下さい。
〈タロ〉様は大切な方です。危険なまねはお止め下さい」
「クッ、貴族の糞ガキが。イチャイチャしやがって、虫唾が走るわ。
このメスガキは俺様がたっぷり可愛がってから、奴隷に売り飛ばしてやるわ。
ガキのクセに良い体してるんで、楽しみだよ。ハッハッハ。
バカ坊ちゃんも奴隷になって、俺様の財布を膨らませてくれよ」
メイドを縛っている強盗も。
「俺はこっちのメイドをいただくよ。若くてピチピチしてて、もう涎が止まらないよ。
オッパイも、おケツも、パンパンに張ってて、手を跳ね返しやがる。ヒヒヒ」
「あぁ、どうか助けて下さい。お願いします。〈タロ〉様だけでも見逃して下さい」
「ケッ、五月蠅いメスガキだな。大人しくしてろよ。しないと酷い目に遭わすぞ」
「あっ、痛い。強く握らないで。乱暴にしないで、離して下さい」
「止めろ。〈アコ〉の手を離せ。離さないと只じゃおかないぞ」
「フン、勇ましいこったな。子供のごっこ遊びか、笑わせるな。
メスガキを酷い目に遭わせたくなかったら、持ってる剣をこっちに放れ。
早くしないと、もっと酷い目に遭わせるぞ」
強盗はそう言うと、〈アコ〉の喉に錆びたナイフを当てて、ニチャッと笑っている。
〈アコ〉が堪らず「キャッ」って小さな悲鳴を上げた。
涙がポロポロ頬を伝って、〈アコ〉の胸の辺りを濡らし続けている。
「分かった言うとおりにするよ。だから、〈アコ〉に酷いことはするなよ」
「あぁ、〈タロ〉様、いけません」
「五月蠅いな。いい加減にしろよ。このメスガキが」
強盗はそう言うと、錆びたナイフに力を込めた。
〈アコ〉の喉に、少しナイフが食い込んだ。
〈アコ〉は「ヒッ」と息を呑むと、目が虚になり下を向いてしまった。
「直ぐに剣を投げるから、待てよ。今、放るよ」
強盗の足元に、剣を高く放り投げると
― ガチャン ―
と大きな音を立てて、剣は地面に落下して、横倒しになった。
「おぅ、オスガキの方は聞き分けが良いな。
それにしてもバカなガキだ。丸腰じゃもう終わりだ。
こっちは、錆びたナイフしか無いんで、本当はビビってたのにな。ハッハッハ」
強盗は、ホッとしたような、嬉しくて堪らないような笑い顔で、落ちた剣を拾おうと身体を屈ませた。
不用意に屈んだため、僕から眼が離れ、おまけに背中を晒すことになっている。
これを待っていたんだ。戦闘中に屈んだらダメだろう。
強盗が拾おうと握った剣を、素早く移動して足で踏んでやった。
スキルを使うまでも無かった。
呆気に取られて、僕の方を向いた強盗の首筋に、ナイフを「スッ」と滑り込ませると。
気管が「グヒィ」と鳴って、勢い良く血を吹き出しながら、スローモーションのようにゆっくりと前屈みに崩れた。
本で読んだ剣術の奥義を試してみたら、相手がド素人のためか、面白いくらいに嵌まったな。
人間は、圧倒的に有利となる状況が生まれる時に、大きなスキを作ると言うものだ。
それを印象付けるため、出来るだけ大きな音を立てて思考を誘導するのも、ポイントって書いてあった。
剣を拾って、何が起きたか分からず悄然としている〈アコ〉を、僕の背中に庇って、一安心だ。
残った強盗は、メイドから手を離して、呆けた顔をして茫然と立っている。
そこに、蹄の音が近づいてきた。
「〈タロ〉様、お怪我はないですか」
「おぉ、〈ハズ〉、良く来てくれた。掠り傷も無いよ。
そこに一人強盗が残っているので、排除してくれ」
「分かりました。お任せ下さい」
強盗は、ハッと我に返って、慌ててメイドを人質に取ろうと、手を伸ばしかけた。
しかし、時すでに遅し、〈ハズ〉の投げた槍が胸を貫いて、地面に縫い付けられて絶命したようだ。
「〈ハズ〉、大した腕だ。訓練の賜物だな」
「〈タロ〉様、有難うございます。
ただ、賊は木偶の坊だったので、褒められるようなものでは無いですよ」
メイドは〈ハズ〉に任して、〈アコ〉の様子を見ると
「〈タロ〉様、〈タロ〉様、あぁ、〈タロ〉様。もう私は・・・・・・」
と大泣きしながら、〈アコ〉が僕の胸に縋り付いてきた。言葉にならないようだ。
僕は〈アコ〉の頭を柔らかく、そっと撫でながら、背中にも手を添えた。
こんな時は人肌を感じる方が、心が安定すると聞いたことがあったんだ。
しばらくすると、〈アコ〉がお礼を言ってきた。ただ、声はまだ震えている。
「〈タロ〉様、少し落ち着きました。〈タロ〉様、本当に有難うございました。
メイドの〈リド〉も助かりました」
「そんなに気にしなくて良いよ。〈アコ〉が無事で本当に良かったよ。
「天智猫」が嫌な予感がすると言うので、様子を見に来たんだ。来てみて良かったよ」
「〈タロ〉様、私を助けに来て頂いて、感謝しかございません。お礼を幾千、幾万回言っても、言い足りませんわ」
「〈アコ〉を助けるのは当然さ。僕の許嫁だからな。それより、腕と喉は大丈夫なの」
〈アコ〉は自分の喉を触って、腕を見て
「喉は掠り傷程度で、腕は赤くなっているだけです」
〈アコ〉は、随分と落ち着いて普通に話せるようになってきたようだ。
ただ、僕から離れたくないようで、僕の胸に身体を預けるのは止めない。
〈ハズ〉の方を見ると、まだ泣きじゃくっているメイドの子を胸に抱いて、必死に宥めている。
「〈ハズ〉、大変そうだな。頑張れよ」
「〈タロ〉様こそ。また、危険なことをしたと皆に怒られますよ。言い訳を頑張ってください」
「うーん、怒られるかな」
「立て続けにやらかしてますからね。そりゃもう」
「困ったな。そうだ、賊の討伐は〈ハズ〉がしたことにしてくれよ。
僕は〈ハズ〉の後ろで安全だった。これでいこう」
「嘘を吐くんですか、気が進みませんね。〈タロ〉様の手柄を横取りするのも、気が引けますよ」
「怒られるのに、手柄もないだろう。
それに〈ハズ〉も、僕を危険な目に遭わせた、監督不行き届きの罰を食らうよ。
何故止めなかったって、そりゃもう袋叩きだ」
「酷いな。脅すんですか。分かりました。〈タロ〉様の言うとおりにしますよ。
ただ、もう危険には飛び込まないって、誓って下さいよ」
「分かっているよ、〈ハズ〉。もう決してしないと誓うよ」
「〈タロ〉様は、前回もそう言ってましたね。ほんとに頼みますよ」
「今度は本当だよ、信じてくれよ。話を上手く合わせてくれよ。分かったか」
「分かりましたよ。何とかしますよ。しょうがないな」
「〈タロ〉様、私の所為で〈タロ〉様にご迷惑をお掛けしてすいません」
「〈アコ〉が悪いわけないじゃないか。〈アコ〉の所為じゃ無いよ。
〈アコ〉が無事なら、後は些細なことさ。でも、話は合わせてくれよ。頼んだよ」
「〈タロ〉様がそう仰のなら、従います。
けれど、私は〈タロ〉様に助けて頂いたことを、一時も忘れたりしませんわ。心に刻み込みました」
程なくして、僕を捜していた兵士も到着して、現場の後片付けを行った。
護衛の遺骸は真新しい布に包んで丁重に扱ったが、賊の死体は証拠の為にズタ袋に詰め込んで終わりだ。
《ラング》の町の方が近いため、一旦、引き返して、休養して貰うことになった。
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