第28話 〈クルス〉の髪を触る

 また、小屋に〈クルス〉が訪ねてきた。


「〈タロ〉様、心の準備をしてまいりました。どうぞ、存分に私のスカートを捲って下さい」


 いきなりか。


 でも、心の準備をしてきた割には、顔が真っ赤だ。

 体も小刻みに震えているように見える。

 これは言うとおりにする訳には、いかないな。


「〈クルス〉、今日はスカート捲りはしないよ。

 その代わり、〈クルス〉の髪を触らせてよ。〈クルス〉の髪を前から触りたかったんだ」


「〈タロ〉様、本当に髪を触るだけで良いのですか。勿論、構いませんが」


「そうだよ。どうしても髪を触りたいんだ」


「〈タロ〉様が、そう仰やるのなら、私に異存はありません」

 と言って、〈クルス〉は僕の横に腰かけた。


〈クルス〉はホッとしたような、肩透かしをされたような、少し戸惑った顔つきだ。


 僕は、〈クルス〉に近づき、〈クルス〉の肩を抱くようにして、髪を優しく撫でた。


「〈クルス〉の髪はサラサラして、手触りが良いね。とってもツヤツヤしてて、光ってるよ」


「〈タロ〉様、褒めて頂いて有難うございます。

 そんなに大した髪ではないのですが、お気に召したのなら、幾らでも触って下さい。

 〈タロ〉様なら、触られても嫌じゃありません」


 〈クルス〉も嫌がっていないので、手を櫛の様に広げて、〈クルス〉の髪の根元まで、梳くように触ることにした。


 髪の生え際まで指がスーと入って、〈クルス〉の繊細な髪の感触が、手に心地良い。

 甘い林檎のような香りも立ち昇ってきて、癒されるようだ。


 〈クルス〉も気持ちが良いのか、トロンとした顔になって、少し寄りかかってきた。


「あのー、〈タロ〉様、男の子は、好きな子の髪を触りたいと思うのですか」


「そうだと思うよ。好きな子に触りたいと思った時に、二番目に触りたいんじゃないかな」


「二番目ですか。あのー、〈タロ〉様、一番目は何ですか」


「最初は一番無難な、手だよ。手を握りたいと思うんじゃないかな」


「〈タロ〉様、私の手はどうですか」


「握っても良いの」


 〈クルス〉は、僕の顔を見ながらコクンて頷いた。


 僕は指を開いて、〈クルス〉指に絡ませた。

 恋人繋ぎだ。

 いきなりだけど、〈クルス〉から言ってきたんだから大丈夫だろう。


 〈クルス〉は「アッ」って小さく言ったけど、ほんのわずか握り返してきた。


「〈クルス〉、嫌じゃない」


「何も嫌じゃありませんけど、私の胸、何だかドンドンしてるんです」


 〈クルス〉は顔を赤くして、泣きそうな目で、もっと寄りかかってきた。


 〈クルス〉の指は、やっぱり繊細で、白くて、高価な西洋人形のようだ。

 掌も甲も、白磁のように肌理が細かく、絹を纏っているようで、何とも気持ちが良い。


「大丈夫。胸苦しくない」


「大丈夫です。〈タロ〉様の手は、大きくて、温かくて、優しい手です。

 でも、切り傷やタコがありますね。鍛錬を頑張っていらっしゃるのですね。尊敬します」


「尊敬されるほどでは無いよ。領主の跡継ぎの義務を果たしているだけだよ」


「そうであっても、〈タロ〉様はご立派です。

 〈タロ〉様、髪と手だけで良いのですか。もっとお望みを言って下さい。

 私は何でもしますよ」


「うーん、望みか」


「そうです。望みです」


「そうだ、〈クルス〉の望みは何なの」


「えっ、私の望みは良いのです。〈タロ〉様の望みを聞いているのですが」


「今の僕の望みは、〈クルス〉の望みを聞くことなんだよ」


「もぅ、〈タロ〉様は。仕方が無いですね。分かりました。

 私の願いは〈タロ〉様に叶えて頂きました。今も叶えて貰っていますよ。

 恥ずかしいことを言わせないで、〈タロ〉様」


 〈クルス〉は、また顔を赤くして、僕を見つめている。


 これは、もっと先に進めそうなムードだな。

 だがしかし、やり過ぎは禁物だ。鬼畜になってはいけない。

 ドウドウ僕の欲望よ、静まれ。


「他にも、まだ望みはあるだろう」


「他にですか。そうですね。

 薬の勉強を出来たらなと思っています。私は薬に助けられましたから。

 お世話になった、薬師の〈ドレーア〉さんに、少しでも教えて頂ければ有難いなと思っています。 私のスキル《敏舌》も少し役に立ちますし」


「〈クルス〉は薬師になりたいのか」


「違いますよ、〈タロ〉様。

 薬の知識を得て、自分にもですけど、〈タロ〉様の健康に、役立てればなと思っているだけです。

 まだ何の知識も無いのですから、あくまでも望みですけど」


「そうか、前向きな良い望みだな。

 でも、薬師の人に教えて貰うって言ったけど、王都の学校には行かないの」


「そうです。王都の学校には、家業を継ぐ弟が行く予定です。

 学費の問題と、私は〈タロ〉様に嫁ぎますから、花嫁修業が控えていますので。

 空いた時間に少しだけ教えて貰えたらと思っています」


「薬を学びたい意欲があるのなら、学校に行くべきだよ。学費は僕が用立てるよ」


「うっ、あんまりです。

 〈タロ〉様は、私に花嫁修業をする必要が無いと、嫁いでくるなと仰やるのですか。

 私の一番の望みなのに。私を揶揄われていたのですか」


「えっ、違うよ。恐ろしく違うよ。

 〈クルス〉は僕に嫁ぐんだ。他の人には渡さない。

 花嫁修業で何をするのか知らないけど、学校で学ぶことは、それ以上に大切だという話だよ。

 〈クルス〉が学校で薬を学んでくれたら、僕の健康にも、領地にも、とても良い影響を及ぼすだろう。

 それと、〈クルス〉が学校に行ったら、王都で会えるだろう。学校の3年間、〈クルス〉に会えないのは、寂しくて辛いよ」


「あぁ、〈タロ〉様は、私を他の人には渡さないのですね。私と3年会えないのは辛いのですか」


「そうだよ。〈クルス〉は平気なの」


「平気じゃありません。また病気になるかもしれません。

 でも、学費でまた、〈タロ〉様に恩を受けてしまいます。もう返しようもありません」


「学費は恩じゃないよ。僕の健康への投資だ。

 僕専任の薬師がいれば安心だろう。〈クルス〉が務めてくれるよな」


「私で良いのですね。必ず期待にお答えしてみせます。

 学校の3年間も、決して寂しくて辛い思いはさせません。〈タロ〉様の傍から離れませんよ」


 〈クルス〉は、とんでもなく真剣な顔で、僕を凝視して、思いっ切り身体を引っ付けてきた。

 今から、傍を離れない気か。


 〈クルス〉の痩せているけど、柔らかなお尻とか胸が、僕の身体に押し付けられて、形を歪まされている。

 嬉しいけど、理性が危ない。


 動揺したのか、〈クルス〉の髪を弄っていた手が動き過ぎて、〈クルス〉の耳の先に触れたようだ。


「やっ、やです。耳を触るのは止めて。あっ、あっ、〈タロ〉様もう許して」


 〈クルス〉は、顔も身体も真っ赤になって、慌てて僕から離れた。

 耳を両手で必死に隠している。そんなに耳が敏感なのか。


「〈クルス〉、ゴメンよ。触るつもりじゃ無かったんだよ。手元が狂ったんだよ」


「分かりました。分かりましたから、もう耳を触らないで下さい。

 身体がおかしくなってしまいます。もう今日はこれで帰ります。また来ます」

 と言って、〈クルス〉は逃げるように帰っていった。


 制止を振り切って、耳を触り続けたら、どうなるんだろう。

 興味深いな。何時かやってみよう。

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