第29話 〈アコ〉と猫

 春の始まりの季節に、〈アコ〉が再度やってきた。

 今回も午前中は、四人で親睦を深め、午後からダンスの練習の予定だ。


「〈タロ様、ご機嫌麗しく存じます。またお招き頂きありがとうございます。

 〈タロ〉様にお会い出来るのを一日千秋の思いで待っておりました」


「〈アコ〉、遠い所を良く来てくれました。僕もまた〈アコ〉の顔を見られて嬉しいよ」


「〈タロ〉様、お手紙有難うございました。何度も読み返すほど、とても嬉しく思いました」


「それは良かった。僕の手紙は短くてごめんなさい」


「〈タロ〉様、長さはお気になされないで、頂けるだけで幸せです」


 許嫁達の挨拶も終わって、〈アコ〉を小屋に案内した。「天智猫」を見せるためだ。

 〈クルス〉も猫達の世話をして知っているし、〈アコ〉だけを仲間外れには出来ない。

 〈サトミ〉も〈クルス〉も、〈アコ〉に見せるのを楽しみにしている。

 三人は友達だからな。

 〈アコ〉も秘密をベラベラ喋ってしまう子じゃ無いはずだ。


「〈アコ〉、この小屋が猫を飼っているところなんだ。さあ、中へ入って」


「〈タロ〉様、分かりました。中へ入らせて頂きます。子猫を見るのが楽しみです」


 〈アコ〉が、そーと、猫達を怖がらせないように小屋の中に入った。


「まぁ、子猫が三匹もいます。どの子も可愛いわ。母猫さんお邪魔しますね」


「〈アコ〉、信じがたい話だと思うけど、そこにいる銀色の縞のが、どうも「天智猫」のようなんだ」


「えっ、〈タロ〉様、うそ」


「目と髭を良く見てご覧」


「まぁ、目が煌めいています。髭も並外れて立派で長いわ。

 確かに他の子猫とは全然違いますわね」


「そうだろう。特徴が「天智猫」と合ってるんだ」


「確かに、御本で読んだ「天智猫」様と一緒だわ。

 だけど信じられない。神話の世界のお話なんですもの」


「「天智猫」様の名前は「ジェ」って言うんだ。後の子は「トラ」と「ドラ」なんだ。

 〈タロ〉様が付けてくれたんだよ」


「まぁ、聞いたことも無いような、素敵なお名前ね」


「〈アコ〉、母猫も慣れてきたから、ゆっくりなら、子猫に触れるよ」


「本当ですか。少し触らせて貰いますね」


 〈アコ〉は、子猫を慎重に、ほんの少し触った。

 「天智猫」を少し怖がっているのかも知れないな。


「「天智猫」様に触れるのは緊張しました。

 触った感触は他の子猫と違いがあるようには思えませんね」


「そうなんだ。目と髭以外は違いが分からないんだ。

 それと、「天智猫」のことを信じなくても良いから、このことは、僕達だけの秘密にしといて欲しいんだ。

 騒ぎになったら猫達が可哀そうだからね」


「分かりました。「天智猫」様のことは、決して口外しませんわ」


 この後も、〈アコ〉は猫達と楽しく過ごした。

 最初はおずおずとした触り方だったけど、最後は胸に抱き寄せたりしていたよ。


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