第23話 〈クルス〉が泣いた

 暫くたったら、僕の傷もそこそこ治って、霊薬のお陰で〈クリス〉の容態も随分良くなった。

 因みに頬の傷は、鋭い刃物による傷と一緒で、綺麗に切れていたのが幸いして、跡はあまり残らないそうだ。


「〈クルス〉、久しぶりだな。具合はどうだ」


「・・・・・・」


「〈クルス〉、大丈夫か。泣いているか。どうしたんだ」


「泣いてなどいません。

 〈タロ〉様はどうして、あんな危ないことをしたのですか。死に行くのと同じです」


 あー、まいったな。〈クルス〉も怒っているな。


「ごめん。ごめん。気づかれないように、そーっと取ってくるつもりだったんだ。

 考えが甘かったよ。誓って、もうあんな無謀なことはしないよ」


「そんなことを聞いているのではありません。

 私なんかのために、何故危険なまねをされたのですか。

 頬に大きな怪我まで負わせてしまいました」


「エッ。それは、〈クルス〉は許嫁だし、いずれ僕の奥さんになる人だから当然だよ」


「それだけですか」


「うーん。僕のなかでは、〈クルス〉を助けるは当たり前なんだ。

 〈クルス〉が綺麗で、すごく良い匂いがして、とても良い子なので失う訳にはいかないんだ。

 〈クルス〉の笑顔を見たかったんだよ」


「間違っています。私は綺麗でも無いし、〈タロ〉様が言うような良い子ではありません」


「そんなことは無いよ。〈クルス〉は色白でとっても綺麗じゃないか。

 それと〈クルス〉は頭が良くて、我慢強い子だと思うよ」


「もっと間違っています。

 町の人は、私のことを一四歳にもなって、ヒョロヒョロの棒のようだと言っています。

 肌の色も白すぎて、まるでゾンビのような気持ち悪い青い顔をした、死にそこないと言われています」


「随分と酷いことを言われているな。

 僕は〈クルス〉を美人だと思うけどな。僕の感覚は間違ってないと思うんだけどな」


「その感覚は間違っています。

 それと性格も、少しだけ頭が良いことをひけらかす、上から目線の嫌らしい性格で、クスリとも笑わない、捻くれた冷たい人間だと言われています」


「それはもっと酷い言われ方だな。

 〈クルス〉の性格は、少し取っ付きにくいところがあるけど、性根は真面目で、心の優しい女の子だと思っているよ。

 〈クルス〉と過ごした時間はまだ少ないけど、僕は確信しているよ」


「その確信は間違っています。

 折角助けて頂いたのに、私は〈タロ〉様に相応しくない、価値のない女なのです。

 〈タロ〉様が命をかけられたのは間違っています。

 放っておいて頂いたら良かったのです」


「・・・さっきから聞いていると、「間違っています」ばかり言うな。

 流石にイライラするぞ。

 少し思い込みが激しいところは認めるが、僕のいうことは間違ってなどいない」


「自分のことは自分が、一番分かっていますから、そうなのです」


「もう。僕が〈クルス〉のことを価値があって、妻に相応しいと思っているんだから、それで良いんじゃないか。違うのか」


「それでも、私は私に自信が持てません。怖いのです」


 中々頑固な子だな。

 人との関わり合いに臆病になっているのかもしれないな。

 思い切って言ってみるか。的外れだったら恥かしいが、ここは勝負の場面だ。たぶん。

 上手く行かなったら、半年は引き籠ろう。


「恥ずかしいけど告白するよ。僕は〈クルス〉のことが好きなんだ。

 〈クルス〉にずっと傍にいて欲しいだ」


「えっ、・・・本当に。どうして私なんかを好きになるのです」


「嘘でこんなこと言えないよ。好きになるのに理由なんかないさ。

 心の奥底で感じるものなんじゃないか。僕にも説明できないよ」


「・・・」


「〈クルス〉、泣いているのか」


 〈クルス〉の両方の目からポロポロと涙が零れ落ちて、青白い頬を溶かすように伝い続けている。

 僕はどうしたら良いのか分らずに、何も言えないまま、ただ、突立っていた。

 〈クルス〉は、涙の跡が胸に届くほど泣いた後、少し身じろぎをした。


「〈タロ〉様。〈タロ〉様が私にして下さったことと、私のことを好きだと言って頂いたことは、私にとってあまりにも大きすぎて、うまく心の整理ができません。

 ですので、もう暫く時間を頂けないでしょうか」


「〈クルス〉、もちろん良いよ。〈クルス〉が納得いくまで待っているよ」


「ありがとうございます。感謝いたします」


 〈クルス〉のお見舞いは終わった。


 〈タロ〉様、命を助けて頂いて〈クルス〉感激です。

 お慕い申しております。抱いてください。ガバッと二人は抱き合う。

 とならなかったな。

 うまく行かないもんだね。


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