第22話 《赤王鳥》

 赤王鳥が、悠然と眼前に立っていた。


 三mを優に超える巨体だ。

 頭頂を肉厚の鶏冠で飾り立てて、胴体一面に紅色の羽毛を生やしている。

 人間の胴くらいの足には、黒い鱗が生え、二十cmはある三本の鍵爪と一本の蹴爪が金色に鈍く光っている。


 心臓がトクトクトクトクと、壊れた警報器のように鳴動し、終わりまでの刹那を刻んでいるようだ。

 血の気が引いていくのが、ハッキリと分る。

 股間のあたりがスーとして、足に力が入らない。

 これはダメだ。大バカだ。どうしようも無い。〈ハパ〉先生の言うとおりだ。

 今生もここで終わった。


 身体が竦んで動けないでいると、奴が首を前にヒョッコと動かした。


 同時に強い風と生き物の大きな熱気が、僕を襲う。

 たまらず尻もちをついた瞬間、頭の直上を殺気が通り過ぎた。


 本能なのか、身体が勝手に反応し、奴と逆方向に全速力で駆け出した。

 相当な距離を走ったつもりだったが、目の前に奴がいた。回り込んで通せんぼしている。


 奴が首を前にヒョッコと動かした。

 殺気が右の頬に走った。

 思い切り左に避ける。

 瞬間移動も目一杯使った。


 右頬をもぎ取られ、衝撃で錐もみしながら地面に叩きつけられた。

 頬はザックリと裂け、血がヌプヌプと流れ出している。

 頬をもぎ取られたと思った。

 体中が痛い。

 何回もバットで思い切り殴られたかのようだ。

 右頬は、焼いた鉄板を押し付けられて、こじられているように、痛む。


 激痛で気を失いそうだが、アドレナニンが出ているのか、何とか動くことが出来る。

 今度は左手に駆け出した。

 もう全力で走れない。

 背中は冷や汗でべっとり濡れて、額に垂れてきた汗を拭う余裕も無い。

 肺は酸素を求めてヒィヒィと喘ぎ、足は乳酸で千切れるほどに痛い。


 奴が目の前にいる。回り込まれて通せんぼされた。


 クッソ、足元にあった枝を、思い切り投げつけてやる。

 奴はその場を動こうともしないで、キェーと甲高い耳障りな声を出して、炎を吐いた。

 火炎放射機そのままの炎に包まれて、枝は見る見るうちに消し炭になった。


 茫然と奴の放った火炎を見ていると、炎越しに最初に通った場所が見えた。

 皮肉もんだ。

 偶然にも、正しい方向に逃げてきたのか。

 だが、とても逃げ切れ無い。

 圧倒的にスピードが違う。

 火炎放射まである。


 奴が首を前にヒョッコと動かした。


 殺気が腹のど真中に来る。

 右に飛ぶ。

 瞬間移動も使う。

 目の前に、奴の足が迫って来た。

 避けられなかった。

 跳んで逃げたつもりが、身体が動けて無かった。

 動か無かったんだ。


 〈アコ〉〈クルス〉〈サトミ〉、もう一度会いたかった。

 ごめんなさい。


 ―  バリーン  ―


 ガラス状の物が、壊れる大きな音がした。

 何の音だ。


 前方に、奴が飛ばされて、地面に倒れこんでいるが見えた。

 血を流している。


 何が起こった。

 信じられない。

 奴を弾き飛ばしたのか。


 誰が。


 何が。


 そうか、あれしかない。

 中年猫の特典だ。守護の神獣だ。


 奴を見ると、飛ばされた噴出孔の上で、立ち上がろうとしている。

 もう衝撃から回復するのか。

 噴出孔の上で。


 もう一度、枝を奴に投げつけた。

 同時に近くの岩陰に滑り込む。


 ― ドーン ―


 耳をつんざく爆発音が響き、凄まじい衝撃波が辺りに吹きわたる。


 岩陰から出て見渡すと、奴は噴出孔の上で炎に包まれていた。

 羽毛で覆われていない部分は、焼け爛れて酷いありさまになっている。


 それでも、ビクンビクンと大きな痙攣を繰り返して、まだ生きているようだ。

 火炎耐性もすごいが、生命力ももの凄い。

 羽毛なんて綺麗なままだ。


 抜く暇も無かった剣を構えて、慎重に少しずつ少しずつ奴に近づく。

 眼球が焼け崩れた眼窩に、剣を思いっきり突き刺すと、奴はビグッと大きく一回だけ身体を震わせて、もう動かなくなった。


 奴が死ぬと同時に、身体の中に大きく膨れるような感覚を覚える。

 スキルが第二段階に成長したようだ。


 血を止めないとヤバそうなので、切り裂いた服を包帯代わりに、簡単な血止めを施すと、僕は精魂尽き果ててその場にへたり込んでしまった。


 遠くに見える深紅の花は、ポツリポツリと草原から立ち上がり、奴を送くる蝋燭の炎のようだ。

 自然と手が合わさり、奴の冥福を祈った。


 その後、身体中の痛みを気力で堪えて、重い体を引きずりながら、《王鳥草》を何とか採取する。

 散らばっていた《赤王鳥》の羽毛も、あまりにも綺麗なので拾っておくことにした。


 領館に帰ってからも大変だった。

 家臣の皆には怒られるし、〈ドリー〉と〈サトミ〉には泣かれてしまった。

 本当に弱ったよ。


 特に〈サトミ〉は、泣き止むまで大変だった。

 無謀なことをしたんだから当たり前か。

 もう決して危ないことはしないと、神に懸けて誓わされたよ。


 僕も二度とあんな怖い目には会いたくない。

 死ぬ思いで手に入れた《王鳥草》を〈ドリー〉の母親に渡して、霊薬を作って貰う手筈も整った。 

 良く効く薬が出来ると良いな。

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