第17話 領地の巡察
父親が出征した。
もちろん、「深遠の面影号」に乗船してだ。
出征の儀式も厳かに執り行われた。
〈ウオィリ〉教師の祈祷に始まって。
兵長〈ハドィス〉の決意表明、父親の挨拶、おまけに僕の留守役の宣誓まであった。
領民は、父親の出征を心配そうに見送っている。
紛争地から遠いと思っていたら、関わりが出来たので気が気じゃないんだろうな。
次の日から、領主留守居役の教育が始まった。付け焼刃感が拭えないな。
まずは領地の巡察をすることになった。
お供は、執事の〈コラィウ〉、農長の〈ボニィタ〉、御用商人の〈クサィン〉の三人と護衛の〈ハパ〉先生だ。
領地は広いので馬で行くことになる。
勿論、僕のパートナーは、愛馬〈青雲号〉だ。
〈 青雲〉は僕の下手な騎乗技術でも、大人しく言うこと聞いてくれる。
〈サトミ〉が甲斐甲斐しく世話をしてくれたり、言い聞かせてくれたお陰だ。
有難う〈サトミ〉。
町の門を出ると、街道が一直線に伸びているのが見える。
ポプラ並木は、毟られたように丸裸で、武骨な幹を崩れた神殿の円柱のように並べている。
街道の両側にある小高い丘の周りに、農場が広がっているようだ。
地面にへばりついた草は、茶色を晒しているが、その奥底に碧の光を放つものも垣間見えたような気がする。
小川では水車が回っていて、小屋もあるから粉を挽いているのだろう。
「〈タロ〉様、目の前にありますのが、我が領地の農場でございますだ。
小麦・大麦・蕪・ジャガイモを主に作っておりますだ。
葉野菜や豆類も少し作付けしておりますだ。果樹園も向こうにありますだ」
「農長、農地は他にもあるの」
「農地はここだけですだ」
「この広さで領民の需要を満たせているの」
「おぉ、〈タロ〉様、もう領主様のようですだ。ギリギリ足りてますだ。
広さはそこそこありますが、地力が低くて、取れ高が増えないのが頭痛の種ですだ」
「家畜は飼っているの」
「鶏、豚、牛、羊を畑には出来ない、丘の上で飼ってますだ。
だども、どいつも数が少ないんだ。一杯増やしたいんですが、餌をたんと作るのが出来ないですだ」
目を凝らすと、確かに丘の上に畜舎が見える。
牛がゆっくりと歩いているのも見えた。
二つの課題か。肥料が少ないのか、連作障害が出ているのかもしれない。
飼料作物を栽培する余裕も無いようだな。
《ラング川》沿いに西へ進むと、農地が終わって荒野になった。
このまま川沿いに進むと、入り江に出る道に繋がる。
「農長、この荒野は開拓することは出来ないの」
「〈タロ〉様、誠に残念なのですが、水が無いですだ。
川が横にあるんですが、川の水面が低いんだ。川の方が低いので水が引けないんですだ」
川を見ると、なるほど、川が大地を削って谷になっている。
大きな川で水量もあるのに何とかならないかな。
さらに進むと荒野が終わり、川沿い以外は鬱蒼とした森が広がっている。
植林した森では無く原生林のようだ。
これだけ大きな木が多いと、とても開拓して農地には出来ないな。
森を見ていると執事の〈コラィウ〉が、森の説明をしてくれた。
「〈タロ〉様、領地の西側はこの森が取り囲んでいます。
深い森で木材資源は大きいと言えるのですが、如何せん、利用出来ない樹種の方が 多くて、効率が悪いのが難点です」
「効率が悪いのか。狩猟はどうなの」
「狩人の家が数件あるはずです。
森が深すぎて、獲物を捕るのが難しいと聞き及んでいます。
森の奥には、蜘蛛型の魔獣もいるようで危険も大きいです」
これだけ木が密に生えて、魔獣がいるようでは、素人でも狩猟が厳しいのが分かる。
また荒野に戻って、暫く南に進むとドーム状の小山が見えてきた。
斜面で三十人くらいの人が作業しているようだ。
「〈タロ〉様、眼前に雄大に見えますのが、《ソング岩塩鉱山》であります。
王国一番の産出量を誇っておるところでございます。
王国内に塩を供給している最も重要な鉱山と言えますな」
御用商人の〈クサィン〉が、自慢げに説明してくれた。
自分が扱っているのが、国一番なので鼻息が荒いな。
「王国内の需要のどのくらいを占めているの」
「おぉ、〈タロ〉様、良い問いでございますな。おおよそ三割程度と考えてございます」
シェア三割か。命に係わる絶対に必要な物だけに、三割でも結構な占有率なんだろうな。
「いつまで採掘出来るの」
「心配ご無用でございます。しかとは分かりませんが、この調子で掘り進めても、百年は大丈夫でございますな」
死ぬまで大丈夫か。
子爵家の経済は安定しているようで何よりだ。
昼になったので。食事は鉱山の作業所でとった。
〈クサィン〉は、しきりに些末な物しか無くてと、恐縮していたが、〈ハパ〉先生の話では、人夫の物よりは数段上とのことだ。
人夫用の味付けかのためか、塩味が効き過ぎていたが。
昼からは、東の方に進んだ。
少し行くとガス臭い匂いが漂い、真っ黒なドロドロした沼が見えてきた。
記憶の隅に、岩塩ドームの傍には、石油が湧くことがあると習ったのが浮かんだ、こう言うことか。
「船の防水に使うタールは、この辺りで取っているの」
「おー、〈タロ〉様、その通りです。良くお分かりになりましたね」
執事の〈コラィウ〉が感心してくれたようだ。他の皆も驚いている。エッヘンだ。
「この沼の先はどうなっているの」
「〈タロ〉様、この先には草原があるのですが、魔獣〈紅王鳥〉の生息地で、きゃつの縄張りです。決して、縄張りに踏み込んではいけません。
霊薬の元となる珍しい薬草が自生しているため、命知らずが何人も踏み込みましたが、一人残らず帰ってきていません。
私も〈紅王鳥〉には、触ることさえ難しいと思います。それほどの脅威です」
〈ハパ〉先生が真剣な顔で注意してきた。
怖いね。そんな怖い所へは、用事も無いのにいかないよ。
「分かった。怖いね。町を襲ったりしないの」
「魔獣は縄張りの外へ出ることはありません。
襲われれば大勢の死人が出ますので、有難いことです」
魔獣が引きこもりで良かったよ。
もっと東へ進むと、山が見えてきた。
「向こうに見える、木が疎らに生えている山が、石灰を採掘している山です。
遠いので、ここから見るだけにしておきます。領地の建材に使用されています」
執事の〈コラィウ〉の説明も簡単で、あまり重要なものでは無いということか。
石灰岩は珍しい物ではないからな。
また、少し進むと〈コラィウ〉の説明があった。
「少し行った先の崖で、粘土が取れます。質の良い高温にも耐えられるものです」
「おっ、粘土があるのか。陶器の生産とかはどうなの」
「小規模の窯があって、領民の食器などを焼いています」
「領民用なのか」
「陶器は壊れやすく、重たいですから、馬車で運ぶと運賃が嵩みます。
そのため、細々ながら領地で必要な分だけを製造しております」
「運賃がかかるから、他領へは輸出出来ないのか」
「その通りです。
また、王都や大きな町では、昔から陶器を生産しています。 由緒ある窯も多数あります。
館で使用している食器類は、王都で作られた高級品です」
田舎の、それもぽっと出の窯の陶器を誰も買わないわ。
おまけに運賃が上乗せされて、高いのでは話にもならないな。
ぐるっと回って、東側の川沿いに出た。
ここも荒野が広がっている。
直ぐ下に川が流れているのが惜しいな。
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