第2話 この町の希望について

 この世界で、自分はどうすべきか、どうしたら良いのかを、つらつらと考えた。


 異世界に転生した意味を考えたわけだが、正直良く分からない。

 このゲームの様にも思える世界で何をしたら良いのか、何もしないで良いのか、答えは何も無い。


 前世では、ごく普通に生きて、重い病で死んだわけだが、正直何とも面白味の無い、詰まらない人生だった。


 そこで今生は、自分の好きな様に生きることにした。


 欲望に塗れ、ギドギドした、面白可笑しい人生を歩むことにしたい。

 人間の三大欲である、性欲・食欲・睡眠欲を満たすことに重点を置こうと思う。

 おまけみたいな今生だ、軽いノリで行こう。


 そのためには、まず自分の置かれている状況を知らなければということで、夜、寝室を抜け出して《ラング》の町を探索したいと思う。


 相続するであろう領地の現状や発展性を探ろうというものである。

 欲望を満たすには、やはり先立つもの、つまり経済力=お金が必須なのだから。


 《ラング》の町の中心には、円形の大きな広場が配置されている。

 広場の正面には領主館が、その左側に教会が、右側には兵舎と訓練所が立ち並んでいる。


 町の住人は全部で三千人くらいしか居なくて、その内兵士は百人程度である。

 あまり住民も居ないし、兵力もたいしたことがない。

 けれど、これが田舎の領主町では普通のようだ。


 子爵家は、この町以外には町の外に広がる農地と岩塩の鉱山を持っていて、この岩塩が子爵家の経済力の大部分を占めている。


 開拓が比較的新しいためか、農地の収穫は他の地域と比べて少ないようである。


 先祖が昔の戦争で武勲を立てて、領地を貰い、運よく岩塩鉱山を見つけて、その経済力で子爵まで成り上がったということのようだ。


 ただ、岩塩だけでは発展は頭打ちで、新興の田舎領主という立ち位置である。


 話を戻すと、この町は、北側で結構大きな《ラング川》という川に面していて、北側以外は、二mくらいの高さの壁で半円に囲まれている。

 川の湾曲部を利用した城壁都市だ。


 壁が低いのは、小競り合い程度の戦いしか無く、危険な猛獣から町を守るのを主体としているためらしい。


 広場の南から、門(町の出入口)まで大通りが伸びている。

 大通りの左右には、横の通りが伸びていて、そこからまた路地が伸びているが、三千人程度の人口なので、それほど入り組んではいない。


 住居は、木の柱に石の壁で、一部に白い漆喰を塗って造られている。

 二階建ての家が多くて、三階建ては無い。


 商店は、宿屋兼飲み屋兼食堂が一軒、パン屋が一軒、雑貨屋が一軒、鍛冶屋が一軒だ。

 それと服を売っている店があるだけである。

 他にも店はあるのかもしれないが、通りを歩いて目につくのはこれだけだ。


 大通りに面して、ひと際大きな建物があり、これが、岩塩を売り捌いている商人の店舗兼住居となっている。

 子爵家のお抱え商人、いわゆる政商の経済力というヤツだ。


 大通沿いに植栽されている木々は、今はまだ緑衣の全て失い、透き通った寒の呼気を吹きつけられながらも、何かを待っている。


 町の人々の細やかで粗末な住処は、僅かな灯りと暗闇に包まれているけど、誰もが夢を見ているのが、若月の空に染み出しているようだ。


 宿屋からは、燻製肉をこんがりと焼いただろう香ばしい匂いがする。

 ジュウジュウと音が聞こえそうな、お腹に響く匂いだ。


 穀物を発酵させたエールの少し酸っぱい、爽やかな香りもする。


 ジャガイモのスープだろうか、野菜の旨味が凝縮した匂いも漂ってくる。


 パン屋は朝が早いのか、もう店を閉めて真っ暗になっているが、沁みついているパンが焼きあがった時の、何とも良い匂いが仄かにしている。


 雑貨屋は店じまいなんだろう、中年夫婦が忙しそうに手と足を動かしている。


 小さな田舎町だけど、小さいなりに活気があり、住民は生活に苦しんでいるようには見えない。

 裕福とは言えないが、それなりに暮らしは安定しているようだ。


 荒んでいる様子がない。

 中々良い町のように思える。

 やり方次第では、もっと発展させることが出来るかも知れない。


 でも人口が少なすぎる。

 城壁の中には、もう余分な土地が見当たらないので、城壁を外に広げる必要があるな。


「思っていた以上に良いじゃないか。 この町を大きくしたら金が入ってくるぞ。

 子爵家という権力を持っているから、町を自由に弄るのも楽しそうだ。 素晴らしい」 

 

 僕は含み笑いをしながら、独り言をブツブツつぶやき、続いて歌を歌いたくなってきた。


 決してヤバイやつでも、残念なヤツでもない。

 異世界に転生するというゲームのような事象が起こって、あり得ないほど気分が高揚してしまっただけだ。

 頭は打ったけど。


 唄:この町の希望について


 この町は希望に満ちているんだよ

 望みを叶える宝石箱だ

 思いを叶える玉手箱なんだ

 皆が頑張って、働いて、泣いて、笑って、町を宇宙に広げよう

 川は黒く流れ、木々は葉を落とし、町は眠りについている

 雲は遠く流れ、城壁は日を受け、町は胎動を始めている

 ラングの町よ、拡張だ、膨張だ、繁栄だ、轟く熱い魂さ

 至高に至れ、世界の覇者となれ

 上で待っているぞ

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