第4幕

 その黒龍は痛みから涙を流していた。身動きの取れないような狭いおりに入れられ、四方から槍で突かれていた。その大きな口から洩れる声は人間の嗚咽にしか聞こえなかった。

 この紫炎しえん帝国で一番の竜騎手であり、皇帝から〝皇帝代理騎士ハイランダー〟の称号をいただいたムラトでさえ竜の調教には口は出せなかった。竜の調教はあくまで調教師であるとのいにしえからの決まりがある。ムラトは拳を握りしめた。


「これはこれは皇帝代理騎士ハイランダームラト様。」


 気が付くとムラトのすぐ背後に調教師のオスマンが立っていた。

 

「オスマン師、わが友アズライールは強い、あのような苛烈な調教が必要なのでしょうか?」


 ムラトは十分に言葉を選びながらオスマンに話しかけた。


「あなたは調教師の私に指図するおつもりですか!?」


 オスマンはいきなり激高した。


「偉大なるオスマン師、とんでもない。師あってこそのアズライールの強さです。それは分かっているのですが、あまり苛烈な調教をされるとアズライールに疲れが残って『競竜』本番に十分な力が出し切れないのではないかと心配になってな。」


素人しろうとは口を出さないでいただきたい!ムラト様はドラゴンライダーであって調教師ではない。竜の調教に関しては担当調教師に一任される。ご存じないとは言わせませんよ!ムラト!!兄である皇帝にこのこと申し伝えたらどうなりますかな?あなたの代わりなど正直いくらでもいるのですよ!」


 ムラトはオスマンに気付かれないよう怒りで拳を強く握りしめながら弁明を行った。


「とんでもございません、皇弟陛下。私の弱気な心がついつい心配事が愚痴として口から出てしまいました。お許し下さい。」


 ムラトは頭を下げながら、自分の爪が手の平に食い込む痛みで怒りを抑え込んだ。何があってもアズライールから離れない。その為だったらどんなことも耐えられる。


「ギャーッ」


 またアズライールの悲鳴がした、顔を上げると固いはずの皮膚のあちこちから血を流しながらアズライールがこちらを見ていた。私にはアズライールが私に助けを求めているのが痛いほどわかった。私は両の拳を顔の前で握りしめると心の中で〝すまない〟とアズライールに詫びた。オスマンが少し落ち着いたのかムラトに話しかけた。


 「ムラト様、竜は所詮しょせん畜生ちくしょうですよ。竜を神聖視する馬鹿もいますが私に言わせれば事実を見ずにおとぎ話を信じる愚か者ですね。」


 ムラトはその場をあとに立ち去ろうとしたがオスマンが続けた。


「アズライールには限界までストレスをかけておき、『競竜』の際にそのストレスを爆発させる。他の四か国には錯乱状態になったアズライールを倒せる竜などいない。」


「(狂ってる!)」


ムラトは心の中でそう叫ぶと一礼してオスマンに背を向け歩き始めた。オスマンはそんなムラトの背に〝ヒッヒッヒッ〟と侮蔑ぶべつのこもった笑いを投げかけた。


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サトミ助手の調教日誌 内藤 まさのり @masanori-1001

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