第3話

 青年は父親であるスガ師を部屋から送り出して部屋のドアを閉めると穏やかな笑みを湛えながら部屋の片隅にある椅子に座ると私に話しかけた。


「サトミ。父上がお前を口うるさく𠮟るのはお前が憎いのでもなく、無能だからでもない。かわいいからだということは分かってくれているかい?」


「タケにい、私もそう思いたいよ。でもやっぱり実の子であるタケにいやカズにいに接する時のスガ師と、私に接する時のスガ師は違う。スガ師には本当に感謝してるよ。両親を亡くした小さい頃から私を引き取って今まで育ててくれた恩は一生忘れない。でも…でもスガ師に怒られると時々、やっぱり実の子じゃないからかな、って寂しく感じちゃう。」

 

 タケにいは穏やかな笑みを崩さす静かに私の話に耳を傾けていた。タケにいの事を知らない人が彼の笑顔を見ていたら、これが我が白鳥国一しらとりこくいちの竜騎手であり勇者であるとはだれも考えつかないだろう。


「俺たち兄弟には逆に見えているんだがな。サトミが羨ましいぐらいさ。」


「もう馬鹿にして!」


 私は誰も分かってくれない寂しさに涙がこぼれそうになった。そんな私に気付いたのかタケにいが更に優しく言った。


「サトミにも父上の気持ちがわかる日が来るよ。それよりサトミ、サトミはファイと心で通じる事で普通の調教のレベルを超えた騎乗を試そうとしている、違うかい?」

 

 私はびっくりした。普段王城の警護隊長も務め忙しく、実家であるこの厩舎に帰ってくることも月に数度で私の調教を見る事なんてほとんどないはずなのにタケにいが私の密かな計画に気付いていた。


「その表情からすると図星だな。だがひとつ忠告しておく。父上の言った指摘はとても重要なことだ。見ているとファイはサトミの意をくもうとし、サトミはファイになるべく自分の意を自然とくんでもらうようステッキワーク、つまり指示を出さない。その試みはある程度の成功はしていると思うよ。でも結局サトミが『競竜』に出ることはない。サトミも知っているように『競竜』に出る騎手は命がけだ。騎手の思惑通りに竜が動けないと危険は何倍にも膨れ上がる。もしファイがサトミ以外の者が騎乗した時に指示に従わない危険があるなら、ファイは『競竜』に出竜させられない。」


 私は大好きなタケにいからもスガ師と同じ指摘を受けたことで気持ちが下がっていくのを感じていた。


「サトミ、そのサトミの考える理想の調教と普通のステッキの調教を平行して教えていくということは出来ないのかい?メリハリをつけるというか。基本的にはステッキを使う普通の調教をしながら、何かのサインをサトミがファイに送る事でステッキを要しない、心と心をつなぐ調教に切り替えるといった。」


 私はまだ自分の試みが続けられるヒントを得た気がして大きくうなづいた。


「タケにいありがとう。その〝切り替え〟試してみる。ファイは本当に賢いからきっと理解してくれる。」


 その時だった、入口の扉が〝バタン〟と開けられ眼鏡をかけた細身の青年が部屋に入って来た。タケシの弟のカズシだ。


「おい!いつまで母さんを待たすんだよ。スープ二回も温めなしてまだこないからカンカンだぞ……なんだまたサトミがおやじに怒られたのか?」


 タケにいが答えた。


「その通り。サトミが落ち込んじゃってな。」


「おやじはサトミが大好きだからな。」


「カズにいまでそんな事を!」


 私は仲がいい喧嘩相手でもあるカズにいに言い返した。


「おいおい母上が待ってる、行くぞ。」


 そう言うとタケにいは私を右腕で、カズにいを左腕で抱えると、三人で肩を組みようにしながら調教師室をでて母屋に向かった。『暑苦しいからやめろ!』とカズにいがもがくのが可笑しくて私は笑った。子供の頃から変わらず、この三人でいる時に私は幸せを感じることができた。

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