第2話

 案の定、スダ師からファイの体を洗って竜房につないだら調教師室に来るよう指示された。私は急いでファイの体を洗い、さっと拭き上げるとファイを連れて竜房に向かった。ファイは道すがら私に顔を擦り付けながら甘え声を出してきた。私の事を心配しているようだった。私は嬉しくてファイの顔を撫でまわしながら話しかけた。


「大丈夫よファイ、大丈夫。」


 竜房に着くと私はファイを放し餌を用意した。

 ファイが餌を食べ始めるのを確認すると私はファイの首筋を2回優しく叩き、スダ師の待つ調教師室に向かった。



「失礼します。」


 そう声をかけると私は調教師室の扉を開けた。机の椅子に座ったスガ師が難しい顔をしてこちらを睨んでいた。


「そこに座りなさいサトミ。」


 私は勧められた椅子に腰かけると座ったまま頭を下げた。


「すみませんでした。」


 顔を上げると師が大げさにため息をついた。


「サトミ、何度言ったら解るのだ。調教とは竜に好き勝手をさせることではない。竜を人の思うがままに操れるように教え込むことが調教だ。」


「分かっています。ですがファイはいざとなればちゃんと私の、人間のいう事を聞きます。」


 師はしばらく私の顔を無言で見つめてかた続けた。


「やはり解っておらんな、サトミ。毎日朝から晩までわしの助手兼厩務員としてファイの世話をしているおるお前がファイと通じ合えるのは当たり前じゃ。しかし実際の『競竜』でお前がファイに騎乗するのか?違うじゃろ?」


 私は心の中で『あっ』と声を上げた。確かに師の言うとおりであった。私は自分の考えの至らなさに恥じ入り奥歯を嚙み締めた。


「誰がファイに騎乗しても同じく自在に操れなければならない。その為には人が騎乗した際には常にその騎乗した人の意思に従うように緊張感を持たせなけらばならない。騎乗者の意思とは違う事をしようとしたときには戒めなければならない。」


 私は下を向きながら小さく〝はい〟と答えた。


「それからあの先ほどファイがやった着陸、あれは二度とやらせてはいかん。真上から旋回に入った際の降下速度が速すぎる。一つ間違えば地上に激突、良くて大けが、打ち所が悪ければ二度と空を飛べない竜になってしまうぞ。」


「でも師匠、ファイはとても勘のいい子で失敗なんか…」


「いかんといったらいかん!」


 師が机を〝ドン〟と叩きながら叫んだ。


「ファイはいにしえからの伝説に残る『黒龍大戦』において、人類を救った五英竜の内の一頭、『白竜』の正当なる血筋だ。まだ幼く、血も残さないままその身に何かあったら取り返しがつかん。」


 その時〝ギー〟と部屋の扉が開き、一人の青年が顔を出した。


「父上、えらく大きな音がしましたが何かありましたか?あと母上が料理が冷めると怒ってますよ。」


「タケシ、サトミがまたファイを危ない目に合わせおってな。」


 青年が部屋に入って来た。長身だが胸板が厚く、一目見てかなりの修練を積んでいることが分かる体つきだった。


「あぁ私も見てましたよ。相変わらずファイは身のこなしがしなやかだ。特にサトミが調教しているときはリラックスしているのか一挙手一投足がいちいち美しい。」


「馬鹿もん!ファイに何かあったら王にどう申し開きをすればいいのじゃ。」


 青年は困ったという顔をしながら言葉を続けた。


「いいでしょう。サトミには私が父上に代わってじっくりとお説教をしておきます。だから父上は早く母上のところに行って母上の料理食べてあげてください。」


 師は私に顔を向けてまだ言い足りないという表情を作ったが青年に急き立てられて部屋を出て行った。私は緊張が解けて〝フーッ〟と一つため息をついた。




 

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