十四話
「――ブロージョ、月の華族を知っているかい?? 」
突如、ブロージョはふくらはぎに力が入るのを感じたのも束の間、勢いよく飛び跳ね、星気で作り出された短剣を逆手に持つと、学長の首元めがけて振り抜いた。その軌跡は中空に真っすぐな光をいつまでも残すよう。
「おっと、図星かな」短剣には微動だにせず、長身の体躯を少し横に曲げて、ブロージョの顔色を伺う。どこか嬉しそうに片眉を上げたその時、ギンッと場の空気が張り詰める。学長の背後に藍色の間隙らしきものが蠢く。
魔法に長けるノータの感覚は、明らかに異質なものとしてそれを捉えた。ノータの足は脳からの指令を受け取り、山猫のようにサッと後方に飛び退く。
『……ッッ!? 刃が止められた、、!』ノータの表情に影が差す。『あの野郎、何モンだァ? あと数秒遅れていたらこっちが……』
『何なの、急に!? 学長に武器を向けるなんて! 』
『真名を知られた……悪いが生かしておけない』唇を真一文字に結ぶ。瞳の奥の微かな不安の相をブロージョは見逃さなかった。
数メートル先で深淵を纏った男は、軽く槍を構える。その穂先の穴には先ほどの倍以上の光が集積する。
「ブロージョ! 聞こえているかい? 公務に戻るのはやめたよ、魔法の授業でもしようか。……それから王女、今は君が身体の主導権を握っているんだろう……月の王女よ、お初にお目にかかる……でいいのかな? 失礼を承知の上で申し上げるが――」
軽い会釈と共に、いつもは優しい目元をこの時だけはひどく歪ませて、言い放つ。
「――次はきっちり
「ハッ! 脅しのつもりか? てめぇが死ぬ確率とオレが死ぬの。賭けてみるか? 」
ジリジリと空気が重くのしかかる。先ほどの短剣を解き、直剣を造成するノータは広場の青い燭台に照らされ、その首筋から滲み出る汗が光る。他方、炎の青さは学長の不気味なほど無機質な風貌によく似合っていた。
刹那、数メートルを一瞬で詰めて、下から薙ぐように打ち込まれる長槍。それを胴のあたりでなんとか受け止める。
『クッッッッッソ! 重ェ! 』およそ人が成せる打撃とは思えないような、骨の軋む一撃を受けて心でそう呟いたノータは、その反動でカーンと弾け上がった直剣を敵の頭に振り下ろす。
ところが――、学長は持ち手をずらし、柄の部分でなんなくそれを受ける。飛び散る火花越しに、彼のニヤリと笑う顔が見えた。
(――ッ、こいつ――
と、次の瞬間ビュッと風を切る音がすると、返す刀で軸足の脛に柄を掛けられたノータは床に倒れこむ。身長をゆうに超える大槍が振り下ろされるのと、ノータが防御しようと水平に剣を構えるのはほとんど同時であった。
「「
歯を食いしばり必死に槍を押し返すと、ノータは手を掲げて白い炎の球を生成する。めくらめっぽう打ち込めば当たると思っているのか、避けながら後退する学長を手で追いかけ、
少し驚いたように片眉を上げた学長のローブを、炎がかすめた。
◇
(さっきの一撃……重いが受け止められない程じゃない――おそらく体術に関しては同レベルか……オレのほうが少し上だ! 魔力源では月とのパイプを持っているオレのほうが有利に決まってる。距離をとって
――とでも思っているのだろう)
緩慢な動きで顎をさすると、学長は梟に優しく言う。
「
◇
ノータの放った白炎により煙くなった広場から、どこからともなく吐息混じりの舐め尽くすような声が聞こえる。
「……やはり、月の魔法は素晴らしいな。私もこの星に生まれてさえいなければ……」
声のする方向へノータがまた放つ。が、目ぼしい手ごたえが無いと分かると、下唇を噛み、宙ぶらりんになった視線を右往左往させる。
「おっと……これは授業という体だったね。教育をしないと、教育を。
――いいか、ブロージョ。『見聞きして知る』のと、『やってみて知る』のは違う。要するに世界とどう向き合うかという話さ。知識でしか世界と関わりを持たない人もいれば、そうじゃない人もいる。後者は実際にやってみるんだ。生の、本場の体験を」長躯の優男は泰然と語り続ける。
「いまの君はどちらだい? 前の世界で苦しさを知った。だがこちらではどうだ⁇ まだ苦しいか? 苦しいと言えるほど本気で体験したのか⁇
……これは持論だけどね、見て知った時、世界の認識が変わる。これが魔術だ。認識をずらす
しかし実際にやりきった時、今度は世界が変わるだろう。それは、君が世界と向き合った証。『世を変えうる業』。これが魔法だ」
低く、落ち着いた声の主、その長躯が段々とあらわになると、二人の目線は正面で交わる。ノータは噛み締めた歯をギリと軋ませ、相手を睨み据える。熱をはらんだ瞳にはありったけの憎悪。――次の瞬間、放たれたのは、
――広場を覆わんばかりの豪炎であった。
掠っただけでも溶かし尽くす、必殺の浄火。
ごわんごわんと空気を焼く気配が、肌に触れる感触となって目を眩ませる、そんな炎であった。
しかし――その最中、爆ぜる白炎から飛び出し、紫のローブをはためかせながら空気を切り裂いてやって来る、
『……ッッ! クッ』ノータが悔しさを紛らわせるためであろう、その大声で悪態をつく暇もなく、学長の掌はノータの頭部をガバッと掴むと――砕き潰す。広場には生暖かい鮮血が飛び散る。
学長はその手に蒸し香るようなピンクの柔らかく重みのある肉片を認めると同時に、唇を歪ませた――。
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