十二話
学長はアンブロシウスに微笑みかける。
すると、大きなため息をついて饒舌に語りはじめた。
「ここに来る時に話が聞こえたんだけど、相変わらずひどいねえ、この
今度はセナートゥスに微笑みかける。怒顔になり、不敬で鼻を鳴らすセナートゥスに対して、学長は顎に手を当て、笑みを深めることで応じる。
「どうして年を取るとこうも臆病になるんだろうね。ああはなりたくないね。私も気を付けよう」
プロクルステス学長はセナートゥスの横に座り頬杖を付くと、つつくようにセナートゥスを指さす。
「そうやって生徒の嫌な面だけ見てさあ、ジクジク責めて矯正するんだろ」
するとセナートゥスは物凄い剣幕でまくし立てた。
「教育の何たるかも知らない愚か者めが。貴様は可能性を与えてやっているつもりだろうが、それは混沌だぞ。秩序なくして可能性ばかり与えてはいかん。この学園創設以来、貴様ほど罪深い男はおるまい」
「小さい頃から変に一貫性を持たせて、大人びた子供を作る方がよっぽど罪だ。もっと生徒の良い面も見てあげなきゃ伸びないよ~。あなた人気ないでしょう、先生⁇」
堪忍袋の緒が切れたのか隣で騒ぎ立てるセナートゥスを横目に、学長は右耳を塞ぎながら手元の資料を見た。
「へぇ、君アンブロシウスって言うんだ。いい名前だね。梟、アンブロシウスを参照して」
そう言った途端、梟が翼を広げる。低く、知性に満ちた声で話はじめる。
「ほうほう、アンブロシウスですか。ふむ。うーむ。それは、なかなか」梟は翼を丸めたり、伸ばしたりして忙しなく言う。考え深げに頭部をくねらせる。一語一語味わっているように見えた。「示唆に富んだ名前だ。語源は古代ドゥイン語の不死。または復活。派生形多数。アナスタシオス。なお女性形はアナスタシア、略称ステイシー。他にはアナスタシス。そしてアンブロシア。語義も豊富。不死の実。そして神の食べ物 それに螺旋の相を見た者。そして墳墓。そして復活の時。無理やりつなげるなら生命とも。そして魔法使いの祖と同名。ああ、ヴァイ・ヴァスヴァットじゃない方ね。後世の同名と区別して大アンブロシウスとも言う。うむ。実に良い名前だ。この星で過ごすにはピッタリの名前だ。最上だ。名前が同じなら顛末も似通う、つまり――」
梟が続けざまに言いかけたその時。
「その梟を黙らせろ! まったく……うるさくてかなわん! 」
「チェッ。良い所だったのになあ」
学長が口を尖らせる。そうして綻んでいた顔を徐々に引き締めると、組んだ両手に顎を乗せ、アンブロシウスの体躯を真正面から見据えて、優男の気風で言った。
「アンブロシウス君は、この学園に入りたい? 」
どうだろう、僕は――、と思った時、ノータが喋り出した。
「はい! 僕はこの学園で過ごして、どんな所なのか判断したいと思っています! 」
「ハハハ! 判断か。いいね、面白い理由だ。うん。君の入学を認めるよ」
学長は眉尻を垂らし、口端を上げて微笑んだ。そしてクルっと踵を返すと、先ほど出てきたあの暗い廊下に去って行く。
背中まで垂れた一房の黒髪は、彼の動きに合わせてさらりと揺れる。彼の姿が見えなくなる直前、セナートゥスが眉間に皺を寄せて言った。
「そうやってまた学徒を手なずけて危険に晒すのか? お前の計画なんかのために……」
学長はこちらを見ずにただ手を振る。
「そんな大層な話じゃないだろ。教育方針の違いだよ」
そう言って男の足音が聞こえなくなると、周りの魔術師たちもぞろぞろと慣れた様子で奥の出口から出ていった。また茶番を見せられた、という表情が顔に浮かんでいる。彼らにとっては日常茶飯事なのだろう。
◇
『おい、やったぞ! 遂に学園に入れるんだ』
ノータが鼻息を荒くして、嬉しそうにポーズを取っている。その姿は元気いっぱいの子猫のようだ。彼女が動くたびに、耳の青色星のイヤリングが映える。
『そんなにここに来たかったの? 』
『ああ、師匠から話を聞いてな。いいと思ってたんだ』
それに……、とノータは少し下を見て言う。薄い瞼はピクリと震え、瞳にはどこか含みのある色がにじんでいた。
『やっと手に入れた新世界だから……』
借りてきた猫のようにしゅんとしたノータに驚いたが、アンブロシウスはそれ以上追求しなかった。
今ここで地雷を踏んだり、修羅場を呼び寄せたりしたら、このささやかな平穏が台無しになるだけ。そういうことが分かる程度には、前世の経験があった。だから直接、ノータに聞くのは得策ではない。
それでも、彼女の正体を知りたいという思いを度々持っている自分に気付き、アンブロシウスは目標を立てた。星気についてこの学園で勉強して、こっそりノータの心を覗き見ようという目標を。
『ぼ、僕も、この学園で勉強しようかな~』
不自然に歪んだ口元は、おそらく笑顔をつくろおうとして失敗した跡だった。ノータはそれを意に介さず、軽い足取りでアンブロシウスの隣に来て座る。
『そうか! お前もそう思うか! 』
そう言って荒っぽく背中を叩くので、彼はむせた。背中に彼女の手形が熱く残る。彼女なりの共感の表現なのだろう。分かりやすい女だと思った。
『じゃあ、僕たち一緒に勉――』
『え、なんで。やだ。オレ、お前のこと嫌いだし』
『う……』
前言撤回。掴みどころのない女だ。そう、依然、彼女の正体は分からない。アンブロシウスにとって敵か味方かも分からない存在。彼女と過ごすなかで、辛い思いをするかもしれない。まったく傷つかない、ということはあり得ないだろう。それでも、もう少し生きてみようと思った。彼女の辿る道程を、見てみたいと思えた。
『……ありがとう』
『なんだ急に』
ノータは面映ゆそうに頬をかく。
『いや、ただ言っておきたくて』
『あっそ……じゃあ言うな』
そう言うと彼女は隣に座ったまま顔だけ隠すように背けた。横顔を隠す帳のような白髪、その間から見える耳殻はほんのりと赤い。
こうして、やや心臓に悪い入学式を終えた時、あの梟が暗い廊下から飛んで来た。
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