八話

 牢獄を出て、長い回廊を過ぎると開けた場所に出た。


 楕円形の床一面はよく磨かれた石畳、中心にはポツンと鉄製の椅子。その床の半分を上から覆うように弧を描いている一つながりの傍聴席には多くの人が座っていた。


 ほとんどがあかあおのローブを着ているが、紫のを着ている人も何人かいる。魔法使いだろうか。天井には大仰そうにアルミラ球儀が吊るされていた。その煌々とした光源の周りを黄径環や黄道環といった環っかが回っている。環が光源を横切る度、場内に細長い影が走る。


「おい、あそこに座れ」看守の一人が言う。


 アンブロシウスは指示通りに中心の椅子に座った。それまでは何事もなく雑談をしていた彼らが、一斉に沈黙し椅子の方を見る。視線を一気に感じ、胃の底がヒリヒリと痛んだ。嫌な記憶が蘇る。


――頼む。頼むからそんなに見ないでくれ。


 不快で声が出そうになったが、厳粛な沈黙のため我慢せざるを得なかった。



 傍聴席の中央に、一段と高い椅子が二つ見えた。左側は空席、右側には紫のローブ纏った老人。先ほどの看守からスレートを受け取ると、老人は眉間にしわを寄せつつ、声高らかに話し出した。


「我らが学園の前身、導師の学舎。その創始者にして魔法使いの祖、ヴァイ・ヴァスヴァットの御名の下に、これより判決を執り行う」


 その老人は青年を忌々しげに一瞥して言った。


「議題は、この青年の処分である」


 アンブロシウスはゴクリと唾を飲み込み、手に汗を握る。


  ◇


 今回の審理はいろいろと複雑だ。老人はそう思っていた。


 まず、『月の民』による侵略。昨晩まで続いていたこの侵攻は月の周期からある程度予想されていたことだったが、戦力の量も質も想定以上だった。故に学園側は苦戦を強いられ、掃討に大きな手間がかかった。


 そうした状況下においての青年の出現。明らかに学園の学徒ではない。正体不明。回収した服は異国風。服の中には小型の長方形の装置らしきものが入っていた。


 以上の不確定要素に加え、彼がとった行動も不可解だ。戦場にいた学徒達が言うには、この青年はかの伝承に登場する晧月こうげつの竜を召喚した後、月の飛竜を撃破したかと思えば、敵味方問わず襲ったという。どちらの陣営に属しているかという謎もそうだが、それ以上に理解できないのは彼が使ったという『魔法』だ。


「召喚魔法だと⁉ 馬鹿な‼」報告を聞いた時老人はこう思った。


 『魔術』ではなく『魔法』なのだ。この事実がどれ程彼らを震え上がらせたであろうか。

 遠い昔、魔法と決別せざるを得なかったこの星において、魔法を使える者はほぼいない。いるとしても、源流魔術師の一部や異星の民に限られる。


「この青年がそうだと言うのか。外見から判断するにまだ二十にも達していない」


 獄内の気絶した青年を見てそう思った老人は、何かの見間違いだとして青年を処分しようと考えていた。学園側の利益が最優先。不確定要素は排除。


 こう考える一方で、惜しいという気持ちもあった。もし学徒達の証言が正しかったら。あの年で仮に魔法が使えるとしたら。これほどの逸材はいない。魔法は、魔術の数段上を行く、あらゆる面において。法理は常に術理の頂点だ。まさに魔術の最高峰、エッセンスの結晶、すべての魔術師が渇望する本懐。魔法が消えてしまったこの星において、魔法は紛れもない悲願である。魔術師達の宿願である。


 学園側の利益を真に最優先するならば、彼を殺さないほうが良い。利用すべきに決まっている。魔法は、魔術師の目的を果たすための最後のフラグメントなのだから。


 かのヴァイ・ヴァスヴァットの伝えた『人が円を見る時、星に出逢う』という目的のための。


 老人は悩む。学園の為を思えば思うほど、残酷な天秤だ。……そして決断の時。


「ワシは……この青年の死刑を提言する。これに賛成の者は? 」


 老人のしわがれた声が楕円ホールに冷たく響いた。

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