七話


 この世界は理不尽だ。


 最初にそう思ったのはいつの頃だったか。


 人の思いが初めて表面に現れ出る時は、そもそもかなり溜まった後だから、そう思った時には既に遅いのだろう。


 要は、氷山の一角というやつだ。


 先生が、自分がされて嫌なことは他人にもしないように、と自信ありげに言っていたのでそれに従い他人を見ないようにした。


 なぜって人から見られるのが好きじゃないから。一方的に見定められているようで吐き気がする。なぜか…… なぜだろう⁇


 兎に角そうしていたら先生に怒られた。みんなの前で僕だけが。


――味方だと思っていたのに。


 ちゃんとチームメンバーを見て応援しなさいって。


――嗚呼、この人達は言葉を悪戯に舌の上で転がして、その響きにふけっているだけなんだ。








 この世界は理不尽だ。


 今度は中学生の頃だっけか。


 仲の良い女の子がいた。よく話してた、放課後とかに。ある日急にその子が夢の話をしてきたんだ。


 夢でよく僕のことを見るんだって。


 ハグから始まって……、その後は――まあ分かるだろ? 


 そういう話を聞かされて心底嫌悪した。


――これ以上僕を見ないでくれ! 醜態を暴かないでくれ!


 以降その子を避けるようになった。そしたら僕が悪者扱いされた。


「ちょっと、原田! あの子に謝りなさいよ」って言われて、変な女子グループに目を付けられたんだ。


 きっとあいつは都合のいいように話を広げたんだろう。人の皮を被った悪魔だ。


――避けられたら悪口を広める程度の仲だったのだろう。恋人という皮を被って騙してたんだ!


 だから女は嫌いだ。


 そういうことが積み重なって、学校が楽しいと思えなくなったし、次第に足取りも重くなった。




『……』




 もちろん僕にも落ち度はあったさ。


 先生=味方だと期待しすぎていたのかもしれない。


 そして好きな相手とまぐわう夢を見るなんて珍しいことじゃないのかも知れない……知らんけど。


 僕の精神が普通でなかったことも認めるよ。


 当時の僕は極端に他人の視線を恐れていた……それは今も変わらないかも知れない。


 その理由は……もしかして父親のせいだろうか。いや、これは思い出したくない、辛すぎる。




『……』




 とにかく、悲惨な過去だったんだ……。


 それでも、今思えばもっと良いやり方があったのかも。


 でもさあ、当時の限界ってあるんだよ。どんなに頑張ってもどうしようもない時が。


 悔いの残った過去を振り返ってもどうにもならないことは分かってる。でも、考えずにはいられない。あの時あれが無かったら、今頃もっと普通に過ごせてたはず、と。


 受けて当然の尊厳と愛情を貰えていたはず。


……みんなはこういう気分の時どうしてるんだろう。








 結論、あの世界は理不尽だった。

 だからあの時が嬉しかった。

 ノータが誘ってくれた時が。

 もう一度、人生をやり直せると本気で思った。


 けど結局分かったのは、僕が利用されたってこと。


 ああ、なんであの女を信じてしまったんだ。


 僕は命の危機には瀕していなかった。死に体だったのはあいつの方だ。

 あいつは自分が生き延びる為に嘘をついた。僕を延命できるなんて嘘を。その所為で牢獄に入れられた。


――もういいよ。勝手にやってろ。これ以上にあいつに関わりたくない。




『……』




 あの時、何が正しいかなんて判断できっこなかった。


 いくらノータが怪しくても、従うしかなかったのかも知れない。


 結局、飛竜に殺されてたかもしれないのだから。


 十七の青年にしてはよくやった方だと思う。


 世界の何たるかも知らず、今まで引きこもってた僕だぞ。


 まあ正直、牢獄のことも出廷のこともそんなに気にしてない。


 だから、騙されたその後に大きな不満がある訳じゃない。


 今はまだね。


 でも、どうしても許せないのは。


 騙されたという過去だ。そして騙された自分という存在。


 あの時……父に見捨てられた時、もう騙されないと誓ったのに、同じ目に遇う自分の不甲斐なさにも腹が立つ。



 自分の首を絞めたい。絞め殺してやりたい。


――自己嫌悪に自己嫌悪を積み重ねて。 


 人と関わりたくない。


――自分が簡単に傷つく弱い人間だと分かっているから。


 それか、全てを見通す千里眼が欲しい。


――何が起こるか分かれば傷つくこともないだろうから。


 何が魔法だ、星気だ、アストラル体だ。

 もうどうでもいい。

 結局、どの世界にいても苦しい思いをするんだ。

 そういう星の下に生まれる脆弱な人間なんだ。

 どうせ僕は。



 世界を見定めるなんて、高尚すぎる目標だったんだ。



 だから事あるごとに反芻する。あの時、あの戦場で――。いや……もう少し前だ。トラックに引かれそうになった、あの宵闇で。




 ほら、あの時■■■ほうが良かったじゃん、と。

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