五話
『理解できたかい⁇ フール』
青い人形のようなノータがにんまりと笑顔を向ける。悪魔の嘲笑だ。
『ああ……まあ。それで、君は一体何者なんだ……? 』
服装決めに満足したのか、それからノータは多くの事を語った。
彼女は学園都市の破壊を命令されてここに来たこと。
本名では不都合だから偽名でノータと名乗ったということ。
侵入する際に、紫のローブを着た魔術師に攻撃され、空中で崩壊してしまったということ。
体の欠片はこの大陸のどこかに落ちていったらしい。欠片を全て集めない限り、身体から出ていかないぞという脅し文句もあった。
しかしこれらは、彼女のとった行動を十分に説明してはいなかった。敵だというのなら、どうしてあの時学園を襲っていた飛竜を倒したのか。なぜ、身体を手に入れてすぐに学園の殲滅を行わなかったのか。
『だって、あいつらに従うのが癪なんだもん』
思っていたより単純な理由だった。
《あいつら》が誰かは分からないが、ノータの心底嫌そうな表情を見るに良い関係性ではないのだろう。
『今のオレは死んだことになってるだろうから……。その間にいろいろ見ておきたい。それに興味があるんだ。この星に。魔術とそれを教える学園に』
彼女の言葉にはどこか決意じみた響きがあった。しげしげと見つめている原田に気付くと、ノータは軽く姿勢を直した。自分が利発そうで、元気よく見えるように。
『とにかく、オレは欠損部分を集めて取り戻したい。それで聞いた話だと……
『その円団って何なんだ? 』
『詳しくは知らん。師匠からそう聞いただけだ』
原田はため息をつく。ノータが心ここにあらずと上を見上げているのに気づくと、キッと眉根を寄せた。しかしノータが視線を向けると柔和な笑みを見せた。
『いいよ、その計画のった……』(こいつとは上手くやっていける気がしない。さっさと出ていきやがれ)
先ほどの魔法の使い様を見て判断したのだろう。この女ならすぐに目標を達成できそうだという算段であった。
しばらくの間、目をすがめるとノータは口角の端を上げた。『そうこなくちゃあな。お前は期待できそうだから、オレの奴隷ぐらいにはしてやってもいいぞ……』
そう言葉を発してはじめて意味を味わうように思案すると、鼻に皺を寄せた。次に口を開いた時、声音には怒気が含まれていた。『それでだ。ヴィーレン学園ってところ? の試験に受からないと円団には入れないんだが、オレ達がいるところがまさにその学園なのさ』
『いや、どう見ても牢獄だけど……』
『そう。だから学園の地下牢獄にいるってこと』
ノータはきびきびとした動きで顔を寄せた。鼻腔をくすぐる甘い匂いは彼女が纏っているものだろうか。頬が上気した原田は、この反応を認めたくないのか、早く消したいのか、気を紛らわすように両手で地面を強く掴んでから勢いよく立ち上がる。ノータは少し後ずさり二人の間に距離ができる。
『なんで牢獄なんかに……』
『それはね、君のせいだよ』
『は? 』
『だって君が軟弱すぎるんだもん~』
『いやいやいや、人の体を借りておいてドンパチした挙句、自分は何も悪くないって言うのか。自分勝手にもほどがあるぞ』
原田は険しい表情を向けるが、相手はにんまりと口端を吊り上げている。それから妙に芝居掛かった様子で語りはじめた。
『確かに、オレの不注意のせいもある。召喚魔法を使った後にまさか君が丸一日も気絶するなんて思ってなかった。でもそれ以上に君の体は貧弱すぎる。魔法への耐性がないのはしょうがないとして、何、この覇気のない体は? 』
《確かに》、という言葉は譲歩するために使うのだろうが、どうもそうは聞こえない。譲歩という名の刃である。
泣くふりをしながら女は続ける。
『嘘……⁉ 私の体、筋肉なさすぎ‼ 骸骨みたいに腕は細いし、足も小枝みたい……』
『うるさいなぁ』
『ひげ面だし』
『別にいいだろ』
『脂肪も筋肉も少ないから地面に座ると痛い! お尻の皮が薄いんじゃないの? あと一物だって――』
『ああああああああ‼ 』
原田は必死になって遮る。全て相手に知られているというこの状況の残酷さが分かってきた。
『んん!』
散々弄って満足したのか、咳払いと共に彼女は背筋を伸ばし、両手を腰に当てる。
『とにかく! オレはこの新世界を見定めに来た! 周りも他人も関係ない。そんな奴らに左右されず、オレは、オレの望むやり方で、この世界を満喫する。だってやっと手に入れた新世界だから。その過程で生かすべきか、滅ぼすべきか判断しようと思う。そして一つ断言できることがあるぞ! 』
ノータはウィンクをするが、それにしてはいささか元気が良すぎる。
『君がむっつりだということだ』
『あーそーですかー』
一旦整理するなら、彼らの当面の目標は学園で過ごしながら、欠片のありかを探すことになるだろうか。その間に、女は当初の命令である『学園を滅ぼすべし』という指示に従うか否かを決めるのだろう。なんにしても、まずは牢獄から出なければならない。
『あ、そういえばさぁ、まだ『回路同期』してなかったね』
『何……それは……? 』
『生まれも性質も違う者が同じ体の中にいるんだ。だからいろいろ調整しなくちゃいけないんだよ』
『そう……で、それはどうやって行うの? 』
『まぐわいだよ、フール♡』
原田の鼓動が急激に上がるのをノータは感じた。
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