三話

 二人の手が触れ合う。


 瞬間、女の身体が光に包まれ原田の中へ入り込む。感覚が冴え、鼻腔が広がったのか取り込む空気を新鮮に感じる。まるで身体が自分のものではないかのような。自分の心と体の間に、他人という膜が入り込んでいるような。


『ッチ、あいつら下手に打ちやがって。本当の魔法ってもんを拝ませてやる』


 頭の中で声が聞こえると同時に、それは一語一語噛み締めるように言葉を紡ぎ始めた。



『Witness me, you ugly moon 

 My Magister, the Moon Crown

 I order you upon that title

 It is the very time when you must fulfill the deal

 Cause your blood belongs to him every last drop of it

 Your blaze shall purify earthy smut

 Moon’s orbit begat luminous dragon

 Instrumental case and the highest moon,

 alias Leaux Amluguen 』


(月よ、我が言明を見届け給え

我が師、ダリウス二世

その御名において命じる

今こそ契約を果たす時

汝の血は総て彼のものであるが故に

白炎により地上の罪穢ざいえ潔斎けっさいせよ

白道より生まれし晧月こうげつの竜よ

汝、月天心を具えし者、

ラー・アムルーグェン)  



 突如、眼前に竜が現れる。白く、小山ほどありそうな体躯。その四肢は大地を踏みしだき、その爪は巨礫を容易く砕く。月暈げつうんのように柔和な羽毛に覆われた白竜は首を垂れている。

 こと魔法に関しては余りある引きこもりの時間のおかげで、多くの知識だけはあったが、実際に体験するのは初めてだった。


 何かに操られているように原田の体が飛び乗ると、白竜は上空目指して一気に上昇。そして獲物を狙う鷹のように先の飛竜めがけて急降下し、その首根っこと体を押さえつけた。その爪足で首を強く握ると、白竜はそのまま飛び立ち、十分な高度まで戻る。


 原田は背をかがめて、羽毛をしっかり掴み、振り落とされないようにする。


 次の瞬間、滑空体勢を取りその飛竜を高くそびえる石塔に頭から叩きつけた。飛竜は息絶え、頭だけが塔に刺さったままぶら下がっている。


 それを見届けると白竜は魔法の矢のように空を飛び回り、白炎で地上を一掃する。それは鉄砲水のように木々や人々を掃う。



 原田は眼前の光景が信じられなかった。


 羽毛が温かく彼を包む、風を切る音がうるさい。暗天が、大地が、大気が振動している。

 ある程度薙ぎ払うと、白竜は舞い降りる。原田は地上に降り立つと拳をわなわな震わせながら、ただ下を向いていた。


『今、一体何をしたんだ? 』

『何って、召喚魔法を使っただけだが』女が怪訝そうに首を傾げる。

『それって……それって……』

 湧き上がってくる感情が興奮か、好奇心なのか分からないが。

『すごい! すごいよ! 」

 彼にとってあの光景は圧倒されるほど美しいものだった。

『何もないところから竜を呼び出して、こう飛び乗って、ビューって空を翔けて、ゴゴゴゴって炎を吐いたんだよ⁉ 夢みたいだ! 』

 魔法は、彼にとって余りにも美しく見えた。

 女は、こいつは何を言ってるんだという顔をして立っていたが、やがてこみ上げてくるように笑い出した。

『アハハ! 君面白いね。魔法を見てそんなこと言う奴は初めてだよ。いいぞ、もっと褒めてくれよ』きめ細かな白い腕を自信ありげに組みながら言う。

 白竜は役目を終えたのか、白い霧のように蒸発して消えていった。

『あ、待ってよ! まだ消えないで! 』

 原田は白竜がいたところへ駆け寄る。

『お、オイ、あんまり近寄らないほうが……』


 そうして白竜の足跡に顔を近づけると、匂いを嗅いで満足そうな顔をしたり、顔を地面に擦り付けたりした。


『うわっ! キモっ!』女が端正な顔が引き攣る。「前言撤回、こいつは変人だ……」と先の認識を改めているのだろう。『おい、やめろ。もうお前だけの体じゃない。オレも入ってるんだ。だからみっともない行為は――』

『君は一体……⁇ 」原田は荒声で遮り、胸を波立たせながら聞く。

『あー、うん、そうだよな。気になるよな……』女は決意したように小さく一度頷いてまた言う。

『オレは敵だよ、この街を破壊しに来た』


 その時、視界が暗闇に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る