抑えられない、気持ち。
ただ純粋に、一緒にいられればいい。それだけだった筈なのに、芽生えてしまった感情は日に日に大きくなっていった。
好きで好きでどうしようもなくて、自分のものにしたかった。誰にも渡したくない。――そんなことを口にしてしまうと悩ませるだけで、なにも進展がなくなる。別に、なにか進展があるとは思っていないけど。
この気持ちは、隠さなければいけないんだ。それでも、触れてしまえば止められない。寝てる隙を襲うという最低な行為でも、自分ではもう抑えられなかった。
◇◆◇◆◇◆
「っ……」
なんだろう。柔らかいなにかが口に当たる。それにより、徐々に眠りから引き戻されてしまう。
「……に?」
柔らかいなにか。それは呼吸の邪魔をする。まだ寝ていたかったが、ゆっくりと目を開けた。
「っ――!?」
眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。目を開けなければよかった、と海より深く後悔した。『柔らかいなにか』――それはハルカの唇だった。
「っ、に、して……っ」
彼は肩に手を置き、突っぱねる。だが腕を掴まれ、ベッドに押さえ付けられた。
「ハルっ――んっ」
そうして無理矢理口を塞がれる。
なんだこれ。嫌だ。嫌だ! こんなのは嫌だっ! 引き剥がしたいが、出来ない。
ミノリとハルカの身長差は八センチ弱ある。ミノリがどんなに頑張っても、伸びてくれなかった。寝起きでは力が入らないことを考慮しても、正確には体格差もあるのでどうすることも出来なかったのだ。
「ん……っ、んぅっ」
恋愛は自由だと誰かが言っていたが、自由すぎるのもよくないだろう。頭の隅でそんなことを考えている内に、何回も啄まれる。
「っ……は……、いっ、だ……」
息が上手く吸えない。そのことを察したのか、息をする隙を与えてくれる。
「や……だ、よ」
ハルカのことは嫌いではない。嫌なのは無理矢理だということだった。ぐっ、と手に力を込める。
「嫌だっ!」
無理矢理引き剥がせば、驚いたように躯が跳ねた。
「なに……っ、なにすんだよ!」
「…………ごめん」
俯きながらハルカは言い放つ。暗い陰を落とすシーツを一瞥し、彼を見据える。
「ハルカ?」
様子が可笑しい。泣いているかのように微かに震えている。
「ごめん」
「いや、別に怒ってないし」
「俺のこと……、嫌いになった?」
その言葉に、ふっと笑みを溢した。彼の顔は見えないが、不安で歪んでいそうだ。
「バカだなぁ。驚いたけど、嫌いにはならないよ」
くしゃりと頭を撫でれば、ぴくんと躯が竦まる。
「嫌いにならないよ」
もう一度そう紡ぐミノリをそっと抱きしめた。
「なっ、いきなりなんだよっ?」
「ミノリ……」
隠せ。恋愛感情を。傷つけたくない。傷つけたくないんだ。
「……ごめん」
想っても報われないことは解っていただろ? それでも、想うことを決めたんだろ? ――なら悪足掻きはするなよ、俺。
「ごめん」
落ち着け。鼓動が聴こえてしまう。
「……ハルカ?」
離したくない。離さないと。離したくない。離さないと、いけない。相反する思いが、胸を締めつける。
「っ……、ミノリぃ」
好きだと告げられたらいい。そうすれば、苦しくなくなるのに。そう思っても――
壁掛け時計の進む音が静かな保健室に響く。沈黙が重い。なにを言われるのか判らない恐怖。それにより、ハルカはハルカで黙るしかなかったのだ。
ミノリは目だけを動かし窓の外を見遣る。――青い綺麗な空が
「空……」
ミノリの手が、ハルカの背中に回る。
「綺麗な空をハルカと一緒に見たい。でも――」
それに行き届くには、乗り越えなければいけない壁があるんだよ。
キスをしたいという欲望があるのなら、少なからず恋愛感情があるということだ。
「でも、難しいよ」
同性同士は白い目で見られることがある。それも彼となら、乗り越えられる気もするけれど。だけど――。
「オレは、ハルカに隠している秘密があるんだ。それを解決するまでは、どうすることも出来ない」
過去に縛られたままでは嫌なんだ。話してしまえば楽になるかも知れないが、嫌われたくはない。だから、言えない。
「寝込みを襲って、無理矢理キスをして……それでも嫌いにならないのか? 気持ち悪いとか思わないのか?」
「ならないし思わない」
嫌悪感なんて微塵もない。何時も一緒にいて、気にならない訳がなかった。
「オレも似たようなもんだからさ。……オレの世界にはハルカしかいなかった。気にならない訳がないだろっ」
彼の頬は赤く染まる。
「ミノリ……」
ハルカは腕を緩め、ミノリを見据えた。
「それは、好きってこと?」
もしかしなくとも、同じ気持ちなのだろうか。
「う……うぅ、まぁ……、言葉にすると、そういうことになるけど……」
目を泳がせながら恥ずかしげに言い放つミノリの手を取り、指を絡める。
「想ってても報われないかと思ってた」
「……うん。好きになったのは……」
――何時からだろうか。これが『恋』だと気付いたのは。もう随分昔になるか。まさか同性に恋心を抱くなんて思いもしなかった。けどそれは――。
「ハルカだったからかな」
「それは俺も同じだよ。ミノリだから好きになったんだ」
だから、好きになった。他の人間ではならなかった。
「好きだよ」
彼は耳元で囁く。くすぐったさに躯を竦めてしまうが、小さく笑って返す。
「うん。オレも――」
好き、とミノリは呟いた。
二人だったら、大丈夫。二人だったらそれだけでよかった。
緩く差し込む陽射しが当たるベッドの上で、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
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