　ミノリがうなされたのは五分くらいで、あとは気持ちよさそうな寝息をたてていた。静かな保健室に、壁掛け時計の秒針の音と寝息が共に響く。

　ハルカはソファーに座りながら頭を垂れている。

　初めて会った時に言われた父親の言葉が、ずっと胸に残っていた。

『お前の所為で死んだんだ!!』

　目を閉じれば、すぐに甦る。幼年期のトラウマは中々消えない。

『お前の所為だ!!』

「そうだよ。全部、俺が悪いんだ」

　母親は難産だった。母体は危険な状況で、それでも母親は懸命にハルカを産んだ――――。そうして、ハルカと引き換えに、母親は命を落とした、とそう伯母から聞かされた。　逆に言えば、生まれてこなければ死なずにすんだことになる。けれど、生きていたからミノリに会えた。それが一番感謝することだ。

　正直にいえば、死ぬことも考えた。父親に悪態をつかれ、最終的には育児放棄をされ捨てられた。自分はここにいなければいい、と考えない筈はなかった。しかし自分が死んでしまったら、ミノリはどうなる？　小さな躯には抱えきれない程の傷を負って、助けを求めた時に、自分がいなかったらどうする？　――ミノリには絶望しかなくなるではないか。

　心の支えが無くなれば、人間はいとも簡単に壊れてしまう。彼の壊れた姿なんて見たくはない。

　ダメだ。それはいけないことだ。それだけは、なにがあってもしちゃいけない。

　そんなことを考えて、死ぬことを止めた。ミノリには自分が必要だと感じたから。――だから生きている。

　生きているのは奇跡だと思う。

　生きているのは、他の誰でもなくミノリの為だ。