4-8 そして”無”となる…

 もう一度同じことを確認する。

今度は四龍さんに予め説明してから行ったが、結果は同じ。

消した際には、コップがあったという記憶すらも無くすようだ…。

そして、もう一度コップを出すと、記憶が元にもどってる…。


「皆、すまん。少し整理させてほしい。」

「カズしゃまが真剣な顔になりましたね。

 ふふ、これは面白いことになりそうですね。」


 ブレイクさんがニヤリと笑う。

マデリーンさん、ナタリーさん、ニーナさんも同じような表情だ。

 つまり、こういう事か?

何故か俺はこれまでに存在していたモノを消す事ができる。

その際、そのモノについての記憶も消える。

でも、消したモノをもう一度出すと、再生した際には記憶も戻る。


 なんだ?この手品のようなスキルは?

あ、これが“無”のスキルなのか?


「だいたい整理できたよ。でも、実証したいけど、だれかスキル持ってるヒトっているのかね?」

「スキルですか?私たちはスキルというものは無いですね。

 あ、でもレインさんは隠遁とかいうスキルを持っていたはずです。」

「それじゃ、レインを呼んで実験してみることとするか…。」


急遽レインさんを呼びに行く。

彼女、お風呂に入ろうとしていたようで、いつもの秘書服ではなく、ラフな格好で登場した。


「レイン、すまないけど、少し実験に付き合ってくれないかな。」

「それはお風呂の中でですか?」

「いえ、この場ですけど…。」


 レインさん、残念な目つきになる…。


「俺が持っているスキルの関係なんだ。

 どうやら、モノとかを消すことができるらしい。

 そして消したモノの記憶も無くすようなんだ。」

「なんだか、良く分かりませんね。」

「うん…。説明している俺自身が理解できないから、実践でした方が良いと思ってね。

 それじゃ、見ててね。

 レインは、隣のテーブルで見ててくれ。

 ここに5個のコップがある。そのコップを消すことにするが、今、5個のコップがあると認識してるよな。」

「ええ。勿論です。」

「では、コップ1個を消す…。」


掌で覆いながら、コップを1個消してみる。


「レイン、この場にコップは何個あった?」

「4個ですけど?」


 もう一度、コップ1個を再生して、レインに確認する。


「5個ありますが、カズ様、何か問題でもあるんでしょうか?」


「つまり、コップ1個を消してしまう事で、コップの存在自体が記憶からも消えるという事なんだ。消した後は、4個しか無かったという記憶がすり替えられるという事だ。」

「それが本当であれば、どうなるんでしょうか?」

「それを今から、レインのスキルで証明しようと思う。

 レインは隠遁というスキルを持っていたよな。」

「はい!そのスキルのおかげで、誰にも悟られずカズ様の傍に居る事ができます。」

「四龍さん、聞いた?」

「はい。聞きました。」

「それじゃ、彼女の隠遁というスキルを無くすことができるか試してみるね。」


 四龍さんを部屋の四隅に移動してもらう。

レインさんの前で、隠遁というスキルを無くすよう掌でレインさんの顔を覆った後、四龍さんを呼び戻す。


「レイン、君は隠遁というスキルを持っているか?」

「カズ様、何を仰っているんですか?

 ダークエルフが隠遁というスキルを持つことなんて稀有ですよ。

 そんなスキルがあれば、喜んで取得しますが。」

「ナタリーさん、彼女は隠遁のスキルって持ってたか覚えてる?」

「彼女は隠遁は持っていませんよ。」


 うん。そうなるか。

四隅に移動してもらうことで範囲を確認したけど、どこまでの範囲なのかは不明であるが、存在自体が無くなるという事なので、恐らくは範囲は関係ないんだろう…。

 レインさんに隠遁を再生し、同じことを聞いてみると、狐につままれたような表情をしながら、スキルを持っていること、そして実践までしてくれた。


 これで俺の“無”というものが何であるのかが理解できた。

無は存在自体を無くすだけでなく、記憶までも無くしてしまう…。

こんなヤバいスキルだったんだ…。

スキルを持っていないのではなく、持っていないことがスキルなのか?

ゼロの概念ではなく、無という概念はこの世に存在していないという事になるのか…。

あかん…、自分で何を言ってるのか分からなくなってきた。


「カズ殿、どうだ?

 何か整理できたか?」

「ええ。愚者という存在自体が無を教えてくれました。」

「そうか。では、どうする?」

「そうですね。王国に皆さんと行きましょう。

 でも、王国のヒトは痛めつけませんよ。

 それと、勇者も召喚させませんし、この魔国をどう思っているのかも無くしますか。」

「それはどういう事なんでしょう?」

「おそらく、魔国は勇者を召喚した王国の土地なんでしょうね。

 それをヒト以外の者が住めるようにしただけの“不毛の地”もしくは“未開の地”なのでしょう。そこに魔王という存在を作っておいて、国民のストレスがたまった際、国民のストレスのはけ口を違うところにぶつけて来たんだと思います。

 であれば、この地を四龍が住まう土地であること、そして、誰にも干渉されないことを確約させましょう。それと干渉した者は存在自体を無くすという恐れも与えることで、誰からの干渉を受けることなく過ごすことができます。」

「それが本当に上手くいくのであれば、良いとは思いますが…。

 本当にできるのでしょうか…。」

「ええ。できます。

 でも、その事は俺しか分かりません。

 伝書に残すこともしません。完全にこの世から抹消させます。

 多分、俺の力はそういう力だと思います。」


皆が深刻な表情をしている。

そりゃそうだよな…。実際、何を言ってるのか理解できないと思う。

消えたり出したりしても、その記憶がすり替えられるんだから…。


「シメさん、もし、シメさんのスキルが本当であれば、私たちやシメさんが居たという記憶もすり替えられるという事になるのでしょうか…。」

「ナタリーさん…。実はその通りなんだ。

 俺のスキルは存在だけでなく、記憶も無くしてしまう…。

 だから、使うところを間違えれば、非常に危険なスキルであると…」

「いけません!そのスキルを私たちに使っては!

 私たちはシメさんとの思いを大切に生きていくんです!

 その記憶を無くすこと、存在を無くすことなんて…。」


「えと…、ナタリーさん…。

 俺、みんなとの記憶を消そうなんて思ってませんよ。

 それに、みんなを愛してますから、そんな事なんてしませんよ。」

「良かった。」


 当たり前じゃないですか!

こんなにもドストライクな女性たちを俺が消す訳ないじゃないですか!


「みんな、ありがとね。

 四龍さん、じゃぁ、明日王国に行こう!」

「はい!((((はい!))))」


 その場は解散となるが、ナタリーさんにお願いし、魔王城まで飛んでもらうことにする。

まどかさんに報告しなければいけない。

それと、俺のスキルが召喚された者にどう影響するのかも想定しておかないと…。

下手をすれば、自分のアイデンティティーを無くすことにもなり兼ねない。


 龍酔いなんて言ってる状況ではなくなった。

ナタリーさんの背中に乗り、いろいろな思考を巡らせる。

最も良い方法、そして、召喚者が召喚者でなくなった時、まどかさん達はどうなるのか…。

異世界人であることを忘れて、そのまま生きていく覚悟があるのか…と。


城に着く。

ナタリーさんと一緒にまどかさんの寝室をノックすると、まどかさんが出てきた。


「あ!ダーリンだ!おかえり~。

 なになに?

そんなにあたしのセクシーボディが忘れられなくなったのかな?

あ!いけない!スケスケのナイトガウンに着替えないと!」


 うん…。

そこに居るのは、相変わらずのまどかさんだった。

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