番外編 銀行員アリアの逆襲


「君、あのさ……さっき言ってたことなんだけど、」


 恋人であるジョージの下半身を収めたあと共にパーティー会場へ戻ると、ナンパしてきた貴族の少年・・一人がアリアに話し掛けてきた。

 恥ずかしそうにしながら。けれど生まれ持った紳士さを携えて。


「さっき? デートのこと?」

「っじゃなくて、そのっ……教えてあげるって……」

「ああ。セックスのことね? 教えてほしいの?」

「っ!」


 こちらと目も合わせず恥ずかしがる彼とは反対に、アリアはジョージと目を合わせて微笑んだ。

 初々しくって色々教えてあげたい気持ちはあるけど。恋人でもないその候補でもない人には簡単に股は開かない。


「それって、いち女性として? それともお仕事としてお願いしてる?」

「あ、教育者として……かな。僕には婚約者が居るから。やはり駄目でしょうか……。親に決められた教育者が、結構、というかかなり年上で……。君みたいな現役でキチンと経験を重ねた人に教えてもらいたくて」

「あー、閨教育ってやつでしょお? じゃあ仕事として、ってことでいーのね? それならアリアは大歓迎ーっ。ジョージとお手本見せればいいのかな?? あ、まずは契約書ね。教育内容と日程は後からでもいーい? アリアもお仕事があるから」

「! じゃあ……!」


 やって・・・くれるんだね、と彼と視線が絡んだ瞬間──、トンッ、と肩を押された。その相手は貴族のご令嬢だった。


「わたくしの婚約者に色目使わないでくださいます!?」


 質の良い香り、質の良い生地。彼にお似合いの・・・・・貴族令嬢。

 かわいー嫉妬ぉ。アリアの“好き”はそんなに簡単じゃないんだけどなぁ。って言いたいところだけど相手が考える“好き”と自分の考える“好き”は違うから、いちいち伝えるつもりはない。

 個人の価値観の違いをどれだけ伝えたって“価値観が違う”ってことをそもそも理解していないと話にならないから。それにアリアの価値観って大多数の人と合わないしねー。


「色目ぇ? そぉ見えたの? 可愛いー。あなたの彼氏くんはね、お勉強がしたいんだって」

「っ、お、お勉強……ですって……!?」

「そうよぉ? あなたのこと気持ち良くしたいんだってぇ〜」

「ちょっ! そんなことっ……!」

「え、なッ、なに、どういう意味ですの……!?」

「んー?? 心も身体もって意味でしょおー? お嬢さんおいくつ?」

「もう直ぐで17歳ですけど……!? それが何か関係ありまして!?」

「あー。じゃあ閨教育はまだだぁ」

「はい!? な、なななんのお話をされているのですか!!?」

「あ。なんなら彼氏くんと一緒に教えてあげよーか? アリアは女の子でも大歓迎よ?」


 茹で蛸みたいに顔を真っ赤にして、餌を求める鯉みたいに口をパクパクさせている貴族の令嬢と令息のふたり。

 ほんっと揃いも揃って初々しいのね。そんな二人はどおやってヤるのかな。ちょっと気になるから見せてほしいなあっ。でも見られることが性癖になっちゃったら申し訳無いかぁ。

 そんなことを考え、少しの悪戯心で彼女の腕にツツ──、と指先を這わすと、耳の先まで真っ赤にして思い切り払い除けられた。


「〜〜〜っ……! 大体ねぇッ……! あなた先程から失礼じゃ御座いませんこと!!? わたくしは貴族なのよ!? どうやら平民のようですけど!? 新婦のご友人だからって言っても立場が違うのよ! アーノルドにだってそうよ! 卑しい娼婦の女が気安く話し掛けれる相手じゃないわ!!」


 何を根拠にそう言い切れるのか。

 ほんっと。高貴さと世間知らずって紙一重だよねー。こういう感じの人、カレンちゃんが大っきらいなタイプだなぁ。

 てゆーかアリア娼婦じゃないんですけど。


「えー?? アリアは銀行員でーす。セックスは好きだけど娼婦じゃありませーん」

「っえ、君、銀行員って、まさか……帝都銀行!?」

「そおよ?」

「ッ……!?」

「アンゼリカと同じじゃないか……!」


 アンゼリカと呼ばれたご令嬢は酷く驚いて顔を歪め、受け入れられない様子。

 それもそうでしょうね。

 帝都銀行職員は難しい試験を突破しなきゃなれないもの。それか親のコネ。

 まぁアリアは頭いーから実力だけどぉー?


「っなによ! 帝都銀行で働いてるって言ったってどーせ地方窓口の受付嬢とかでしょ……!? わたくしは本店の窓口ですもの……! それも二階のね! VIP専用階で貴女の顔は一度も見ていなくってよ!?」

「そりゃあねー。アリア執行役員だしぃ〜」

「えッ!? や、役員!? 君が……!? 僕の父も役員だけど、君みたいな若い女性が……なれるわけ……」

「ア、アハハッ……! 見栄を張っているだけよ! そんな訳ないじゃない! 貴女こそおいくつ!? 冗談も程々にしてよね!」

「つい先日21歳になりましたぁ。役員歴は一年でぇーす」


 ペラペラとお喋りしちゃって。VIP専用階の受付嬢は口が軽いのかな?

 それにアリア嘘言ってなぁーい。


「21歳……? で、役員歴一年……って、まさか、優秀過ぎて抜擢され就任早々、役員の総入れ替え人事を出したっていう……」

「そうそう。それアリアのことー」

「っ! だって、それで僕の父は支店長からやっと監査役になれて……っ」

「ルクトールさんは真面目だし信用出来る人だから向いてると思ったのぉ。一年経ったけどやっぱり間違い無かったなぁー」

「そ、そう!? きっと父も喜ぶ…………な、なんで父の名前を知って……」

「やだー。当たり前じゃーん。アリア役員だし」


 今までの己の言動を思い出しているのかバツの悪そうな顔をする彼。と、未だに受け入れられない様子の彼女。

 彼女が、婚約者の父であるルクトールさんのコネで働いていることは知っている。貴族の末子などは特にそういったコネが多い。

 窓口や受付などで綺麗で清潔な人が居ると顧客満足度も上がるので有難いのだけど、内部情報を漏らすのならば話は別よ?


「フォースター家のアンゼリカさん? いくら貴女が貴族でもコンプライアンスは守ってね?」

「ッ……! わたくし、家名は名乗ってないのに……」

「あ、あっ、あの、アンゼリカはそんなつもりじゃなかったと……!」

「そんなつもりなくて顧客情報漏らされる方が怖くなーい?? VIP専用階なら尚更ぁ。って、ここは職場じゃないからこんな話はいーっの! アリア仕事とプライベートは分けるタイプなのー。それに今はアリアに閨教育を受けるかどうかの話でしょっ!」

「えっ。あっ、いや、ま、そっ……そそそう、です、ね」


 恐ろしく吃る彼は、どう接して良いか分からなくなっているようだった。

 此処はアリアにとってプライベートだから気にしなくて良いのに。っていうアリアの価値観はなかなか伝わらないかぁー。

 たまに勘違いして職場でヤりたがりの男が誘ってくるけど、ほんとまじ勘違いすんなって感じだよねー。“アリアは誰とでもヤりまーす”なんって言った覚えないんですけど。

 まぁ。セックスは好きなんだけどね。


 で、何だかんだあったけど結局アーノルドとアンゼリカは、アリア達に閨教育を受けたのだった。

 そしてアリアとジョージは見られながらのセックスに、少しだけ、嵌ってしまったのだ。

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