『花を贈ろう』


 ──私には貴女だけ、貴女に相応しいのは私。



 一輪の白薔薇。

 意味を知らないだと? ふざけるな。


 パーティーに戻ったところで俺を苦しめるのは、やはりミアだった。

 どうしてこうも俺の周りには五月蝿い女ばかりなんだ。

 どれだけ高いドレスを纏おうが谷間を見せつけようがミアの感触に敵うとは思えない。想像でしかないがきっとそうだろう。

 嗚呼、本当に忌々しい女だ。こんな日まで邪魔をするのか。

 アイツに言われた言葉がずっと頭の中で繰り返している。

 ミアは、侮辱されて当然だと思っていたのか。

 他の人を侮辱する権利は無い、領民を敬え、か。ぐうの音も出ないな。



 パーティーは真夜中まで続いたが、ミアは言いつけを守ったままだった。

 最近は明け方まで図書室の電気が点けられていたが、あの後も存在を消していた。ダンも直ぐに気に入った令嬢を捕まえ連れ出していたな。酒のせいもあってミアの顔など覚えてもいないだろう。そういう男だ。


 俺はというと、勢いに任せ既成事実を作ろうとする令嬢達を交わし、帰宅した客と酔い潰れ寝入った客を確認し、西館へと向かった。

 ミアに謝るためだった。

 確かに他人を侮辱して良い権利など無いし、それに言い過ぎた。ダンが道に迷い無理矢理犯そうとしていたのを知っていたのに、ミアを責め立ててしまった。

 俺は大人だ。リリアナとは違う。間違ったことをしたのなら謝らなければ。

 ミアには初めて謝るが、それもこれもアイツが俺に初めて言い返したからだ。


 だから部屋へ向かった。

 使用人も来ない時間。ミアの食事も洗濯も一番最後。早くても午前10時頃にならないと誰も来ない。誰も居ない方が都合がいい。

 なのに、部屋には誰も居ない。ミア本人でさえ。

 まさか今日も図書室に居るのか?

 日も昇っていないこんな暗がりで一体何が読める。そもそもあの古臭い本をきちんと読んでいるのかさえ怪しい。


 無駄に歩かせやがって、と呟きながら図書室へ向かった。

 扉の下からはゆらゆらと僅かな炎のゆらめきが見える。キャンドルでも灯しているのだろうか。

 いざ取手に手をかけるが、鍵がかかっているではないか。

 何故鍵をかける必要が?

 何かを隠す為か。

 見られてはいけない事でもしているのか。

 何にせよ生意気だ。

 俺は屋敷の主である自分の部屋へと戻り、マスターキーを携えまた西館へ向かう。どれだけ歩かせれば気が済む。

 腹立たしい。わざわざ俺が謝りに来たのに。


 古びた鍵を差し込んで、重く響く解錠の音。

 驚く声も聞こえない。俺が入ってきたことに気が付いてないのか。

 一先ずキャンドルの灯りを目指す。そこは大きな窓の前。ソファーと机が置かれ、本を読むには丁度よい空間だ。

 満月の光も窓から差し込んでいるが、やはりこの暗さで文字が読めるとは考え難い。

 ソファーにもたれる人影が見えた。

 こそこそと鍵をかけてまで一体何をやっているのやら。


「おい」


 声を掛けたが返事はない。集中しているのか?

 はあ、と溜息を落とし彼女の元へと近付く。


「ミア。何をやって、っ!」


 顔を覗き込んだが、それは彼女の爪先だった。

 そこから繋がるのは月の光に照らされた二本の脚。足首まである寝衣は重力に逆らえず、艶めかしい腿を露わにしている。

 脚をクロスさせ重なり合う部分は触らずともその柔らかさが伺えた。


「ミ、ア……?」


 近くで名を呼んでみても反応がない。

 机にはほんの少し残されたままの紅茶。あろうことか貴重な本を枕にし、古い紙の匂いに包まれ寝息を立てている。


「寝ているのか……?」


 まるでベッドに押し倒されたかのような無防備な姿。僅かに見えるショーツが、自身の男の部分を刺激する。

 その秘めたる部分は一体どんな味だろう。

 可愛らしい唇と、星屑を散らしたような睫毛。絹糸よりも美しい髪。

 そっと触れようとしたがやめた。触れてしまえば止められない。

 けれど、ぎちぎちとキツくなる男の部分。

 苦しい。何故俺が。こんな女に。腹が立って仕方無い。

 必死に抑えようとしても立ち上がってくる。


「くッ、う……」


 呪われているに違いない。

 脳まで支配してくる欲望のせいで、己の手で自身をしごいているなんて。

 お前は何故『妹』なんだ。何故、何故お前は良家の娘じゃないんだ。

 お前の実父はクズで、実母は流行り病で死んだくせに。どうしてそうも捻くれず輝ける。

 声を押し殺し、罪悪感と苛立ちが混ざり合った吐息が溢れた。

 どうしてお前は俺を刺激するんだ。ただ大人として謝りに来ただけなのに。どうして、どうして──!


「ッ、はッ……ぁ、あ……!」


 強烈な快感と共に先端から放たれた液体は、ミアの唇を彩った。

 まるで一輪の白薔薇を添えるように。


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