第17話 アゲートとパイライト。
オブシダンが連れ帰った模式もサルバン孤児院に迎え入れてトウテの姓と新しい名を与えた。
この後もグラスとオブシダンはスティエットとしてマ・イードの暗部に斬り込んでいく。罪が露見し、貴い者として相応しくない貴族には改竄術で個を捨て国に尽くすようにしていく。
それでも「これは?」「これなら?」と試すように悪事は終わらない。
もう、あっという間に3年が過ぎていた。
オルドスに呼ばれたグラスとオブシダンは密命としてオッハーに行ってプレナイトに会った。
「よう、3年ぶりだな。変わったな」
3年ぶりのプレナイトはグラスとオブシダンを見てそう言ってアゲートを見て「コイツは…」と言ったところでグラスが「私のスレイブよ。アゲート・トウテ」と紹介をする。プレナイトもパイライトを呼んで挨拶をさせる。
パイライトはあの日の姿はどこにもなく愛らしい娘になっていた。
アゲートを見て「お姉ちゃん!遊んで!」と言って手をとって走っていこうとする。
困るアゲートにグラスが「よろしくね」と声をかけると2人は走っていってしまった。
3人きりになったところでプレナイトが「どうした?」と聞いてくるとグラスは少し困った顔で「おじ様から行くように言われてきたの」と返す。プレナイトはオルドスを思い浮かべて「まあ、何かあるんだろうな」と言った。
「君の3年はどうだったんだい?」
「大変さ、医療の発達したオッハーでもこんな端の村にまでは薬も何も回ってこない。
見捨てられずに助けたくなると今度はどこまでやればいいのかわからない。
菌のついたままの腕を見てしまって弾菌術を使いたいがスティエットとバレたらマズい」
「それで?」
「村長と取引をした。まあ取引の前に心眼術で悪人かどうか、俺の敵になるかどうかを見極めたから安心して話せたがな、出自を問わずやった事を公表しなければ人を救うと持ちかけた。俺から救うと言わない限りは自力で何とかしてくれと言ったら村長はそれでいいからと言ってきた。
だから俺は弾菌術で人を救った。
そうしたらその村人がパイライトに手を振るようになる。パイライトは声をかけられるとニコニコと眩しい笑顔で喜ぶんだ、その笑顔が見たくてまたお節介を焼きたくなる。
その気持ちを抑え込むのは大変だったさ」
プレナイトの「大変」はグラスとオブシダンが想像したものとはまったく違う健全な内容だった。正直羨ましいとさえ思った。グラスとオブシダンはその気持ちのまま自身の3年を告げた。
話し終わるまでプレナイトは黙っていた。そして話し終わると同時に「やめちまえよ」と言った。
「え?」「でも」と言って困惑の表情のグラスとオブシダンにプレナイトは優しい表情で「いいじゃないか、お前達が苦しむ必要なんてないだろ?」と言う。
「だが…それは無責任じゃないか?」
「パイライトの笑顔の為になら俺はやれる。お前達も誰かの笑顔の為にやれるなら苦しくないだろ?だが誰の笑顔の為にやってる?お前達のやりたい事とやりたくない事は?多分オルドスの奴はそれを言わせたくてお前達を寄越したんだろうな」
この言葉にグラスは「おじ様…」と呟いて3年を振り返りながら一つの答えに辿り着いた。
「私は、成長限界を迎えるまで大地の根には行かない。民達は救う。でも民より先に貴族達が得をするのなら私はそれをしない」
この言葉にプレナイトは「ふっ」と言ってニヤリと笑い「いいじゃないか」と後押しをする。
オブシダンは何か考えた後で「そうだね、それが良いよ」と言った。
これだけで2人の心は軽くなった、心にまとわり付く負の感情が取れるのがわかっていた。
グラスが清々しい表情で「今日は会えてよかったわ」と言う。
「ああ、一応気にしていたから元気そうな顔が見れてよかった。パイライトも喜んでる…って…アイツどこまで遊びに行ったんだ?」
グラスが術でアゲートを呼ぶと懐いて眠ってしまったパイライトを抱きながら戻ってくる。
「アゲート?」
「パイライトにこの村の素晴らしさを教えてもらいました。今は沢まで行って滝を見ました」
この説明ではピンと来ないプレナイトが「それで、パイライトは何で寝た?」と聞くと「抱っこをせがまれてしたら「寝ていいか?」と聞くので構わないと言ったらこれです」とアゲートが説明をした。
プレナイトはパイライトをジッと見て「…狸寝入りだな」と言った。
「え?」
「甘えてるんだよ。やはり年の近い奴が居て母親に甘えてると寂しそうに見るからな」
確かにパイライトはバレないように必死に寝たフリをしている。
それは3人にはわかってしまって、可愛らしさに楽しくなってくる。
「ふふ、なあサルバンなら持ってないか?メロやスカロは天気予報するんだろ?」
プレナイトの言葉にグラスはクッキーの話題だと気付き「ああ」と言った後で「でもあげる用じゃないから見た目可愛くないわよ?」と言う。
「それでいいさ」
グラス天気予報代わりに焼いているクッキーを20枚程取り出す。
それを見たプレナイトが「クッキー…土産か?悪いな、まあパイライトは寝てしまっているから食べてしまおう」と意地悪をする。
プレナイトのせいでもあるが甘いものをあまり買わないプレナイトのせいでクッキーに縁の無いパイライトがビクつきながらも必死に寝たふりを決め込む。
その姿にプレナイトはニヤニヤと笑って「おお、早速一枚貰うかな…お、流石はサルバンだな。美味い!」と喜んでみせる。
薄目を開けるパイライトの目には涙が見えていて、困っているのがわかるのでグラスとオブシダンは少し可哀想になりながらも久しぶりに明るい気分になっている。
ここでアゲートが「パイライト、起きてください。マスターのクッキーがありますよ」と優しく声をかけるとパイライトは「クッキー!」と言って飛び起きるとグラスから一枚貰って「美味しい!」と喜ぶ。
この笑顔を見たのはいつ振りだろうかと思った。
以前までは孤児院に差し入れを行っていた。
そもそもサルバンはスイーツの学校があり、定期的に生徒達がスイーツの差し入れが行われている。それでもサルバンを名乗る者として一緒に送り届けさせて貰っていた。
その時は子供達が「ありがとう!!」「美味しい!!」と喜んでくれていた。
嬉しい気持ちになったグラスが「ふふ、私は朝味見をしたから全部パイライトにあげるわ」と言って手渡すとパイライトは「いいの!?」と喜ぶ。
グラスが「ええ」と言うとオブシダンも「じゃあ僕のもあげよう」と言って手渡す。
「本当!?ありがとう!!」
パイライトは目を輝かせて口に食べかすをつけながらクッキーを食べるとアゲートにも「美味しいよ!食べて!マスターも食べて!」と言う。
3人で食べる姿はとても幸せそうでグラスもオブシダンもすっかり忘れていた平和が目の前にあった。
帰り際、パイライトは泣いて嫌がりアゲートに「次はいつ来るの?」と聞いている。
困ったアゲートが「次…マスターに聞かないとわかりません」と言うとパイライトはグラスにすがって「良い子にするからお願い!」と言う。
ここでオブシダンが「うん。プレナイトもまた来てもいいかな?」と聞くとプレナイトは「良いのか?」と返す。
「君さえ良ければね」と言ったオブシダンに、ここまで話がまとまってしまうとプレナイトも拒否は出来ないしそもそも拒否の理由も無いので「…パイライト、お利口にできるな?」と言った。
パイライトは今日一番の笑顔で「うん!ちゃんとマスターのパンツも洗うよ!」と言う。
「え?そんな事をさせてるのかい?」
「俺じゃない。村の女連中は旦那の洗い物を川に集まってするんだ。そこにパイライトが行きたがって行かせたら女連中の真似をして「あー、やだやだ旦那パンツ」って言いながら洗うんだ。それも手抜きだぞ?汗臭いままだ」
容易に想像ができたグラスとオブシダンは「あはは…それは」「なんとも言えないね」とだけ言って笑った。
「そもそも俺なら水流操作で洗濯物くらい余裕だ」
「確かに」
「そうね」
「じゃあまた仕事の合間にくるわ」
「いつとは約束できないけど1ヶ月くらいでこれるように頑張るよ」
この言葉にパイライトは笑顔で3人を見送る。
グラスは帰りにオルドスに礼を告げるとオルドスは「グラスは何でも好意的に捉えるねぇ」と笑っていた。
ここである変化が生まれた。
アゲートはグラスの不正を働き、模式やツギハギを生み出す貴族を正す仕事に同行していたが率先して動いて今までの半分の時間で済ませるとサルバンに帰ってグラスにクッキーの作り方を教わる。
「マスター!他にも教えてください!私、学校行きたいです!」
出来上がったクッキーを見てアゲートはそんな事まで言うようになっていた。
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