第135話 補給3
「……よし、今日は次の3階で最後だ。急ぐぞ」
B1の生鮮食品フロアには寄らず、1階の食料品や酒、2階の医薬品や生活雑貨をリュックの9割まで詰め込んだ。
特に酒類は重いため、できるだけ量を持ちたくはなかったのだが「新入りなんだから一番重いの持てよ」という後藤さんの指示により4ℓほどリュックの中に入れざるを得なかった。
「3階は衣類やブランド品のコーナーみたいだね。……重くて大したお金にならない食料より、贅沢品の時計や財布が換金効率が良いんだよ。その辺をわかっているから後藤は重い酒を谷々君に持たせたんだろう。嫌な奴だよ」
止まっているエスカレーターをゆっくり昇っていく中、後ろから小声の池田さんが話しかけてきた。
「……そういうものなんですね。まぁ、仕方ないですよ。今回僕は皆さんに色々教えてもらう立場ですから」
実際、補給班に参加しているのはお金のためではない。
はからずも如月組からもらったお金と待遇があれば、避難所で生きていくだけなら容易なのだ。
ただ参加してノルマを達成したという事実があれば良い。
不本意ではあっても、せっかく外に出たのだから立川近辺の状況把握や避難所の情報収集、そして今後必須になる武器や物資の個人的な入手を行うべきだろう。
幸い、他の誰にも知られず物資を持ち帰る方法が僕にはあるのだから。
「……見えてるだけで3体ってところか」
3階にたどり着いた長嶋さんがつぶやく。
『ドンキ・ホーテ』特有の陳列方法により見通しはかなり悪いが、それでも上階に向かうにつれゾンビの数は減っているように見えた。
騒動の際店舗に残っていた人間は階下に向かって逃げていき、地上はしばらくの間地獄絵図だったのだ。
その音に釣られたゾンビたちも階下へと向かい、解放されている入り口から外にでていったのだろう。
「無駄な戦闘は避けるぞ。藤島、後藤は左から行け。残りは俺と来い」
長嶋さんは手短にそう話すと、すぐに棚の影を利用して奥へ進んでいく。
建物を占拠するという目的でない以上、ゾンビの掃討は不要という判断だろう。
指示を受けた藤島さんもすぐに無言で動き出し、反対側の棚の方へ向かっていった。
その動きに及び腰の後藤さんが付き従うようについていく。
「先にいくよ。見通しが悪いからはぐれないようにね」
こちらも池田さんが先を行く長嶋さんを追い、最後尾が僕となって奥へ進む。
時折長嶋さんからハンドサインで棚の影にゾンビがいることを合図されたが、どれも遠いため倒すことなく先へ進んでいく。
途中、店舗の案内表示を確認すると奥はブランド品売り場となっていた。
どうやら目的はそこらしい。
「……おいガキ、そのまま音を立てずに前までこい」
いくつかの棚を通りすぎた後、長嶋さんが僕を呼んだ。
無言で従い、池田さんと入れ替わって前にでると聞きなれたうめき声が聞こえてきた。
「次の棚の影だ。距離的に素通りってわけにもいかない。……お前やれるか?」
長嶋さんは小声で僕に確認する。その目はどこか試しているようだ。
ここで僕という人間を見極めようというのかもしれない。
「大丈夫です。少し下がっててください」
2人を下がらせ、背負っていたリュックを棚の脇に降ろす。
その際2人からは見えないように収納を起動し、中からメスを1本取り出した。
ゆっくりとそれを逆手に構えて移動し、影からゾンビの姿を確認する。
「……あぁ……あ……ううぅ」
ピンクのサンダルを履き、上下黒のスウェットを来た女性のゾンビだ。
その目は焦点が合わず、白濁した瞳でふらふらと狭い通路を歩いている。
奥の棚にももう一体男性のゾンビがいるようだが、音を立てなければこちらに気づくことはないだろう。
ゾンビの位置を確認した後、後方の2人に合図を送る。
そしてスウェットゾンビが後ろを向いた瞬間を狙い、一足飛びにその背後へ駆け寄った。
ずちゅっ
脳天に突き立てたメスは大した抵抗もなく深々と突き刺さり、ゾンビは一瞬の痙攣のあと絶命した。
崩れ落ちる身体を支えてゆっくりと地面に寝かしつけ、メスの血を棚にあった適当な布で拭ってから帰る。
ここまで時間にして約8秒。
こっち《現実》に戻って来てからは派手な戦闘が多かったが、墓守をしていた頃はこういった殺害方法が主流だった。
なるべく早く、かつ静かに。
それがゾンビ対応の基本だ。
「……見事だ。やっぱお前ただのガキじゃねぇな?」
戻ってきた僕に長嶋さんから声がかかる。
「優良って意味ならそうですね」
メスをリュックのサイドポケットへしまいこみ答える。
「詳しく話す気はねぇってか。……如月組から直接来た以上なんかあると思ってたが、想像以上だな。……もしかしてお前もアイツと同じ」
「長嶋さんっ。見つけましたよっ!」
長嶋さんの言葉を遮り、少し先から後藤さんの声が聞こえた。
近くのゾンビを倒したとはいえ、少々迂闊な行為に長嶋さんの顔が曇る。
「……ちっ、馬鹿野郎が。おい、話はあとだ。さっさといかねぇとあいつがもっとでけぇ声だすかもしれねぇ」
狭い通路をすれ違い、長嶋さんが声のした方へ進んでいく。
どうやら目的のブランド品売り場に到着したらしい。
「谷々君、お疲れさまだったね。ここからは補給班のボーナスみたいなものだよ」
嬉しそうな顔で進む池田さんに続いて行くと、棚の森を抜けた先にガラスケースに入った様々なブランド品が陳列されていた。
「ひょーっ、いいねぇ。手つかずだぜ? 鍵は任せてください!」
テンションの上がった後藤さんが抑えきれない様子でガラスケースにほおずりし、鍵穴に対して細長い金属のようなものを差し込んでいた。
「……所詮は安物だけど、仕方ないわね」
その様子を呆れた顔で藤島さんが見守る。
「……念のため聞くが警報装置は大丈夫か?」
長嶋さんは興味の無さそうな顔でその様子を見つつ、辺りを警戒している。
ただ一人、池田さんだけはガラスケースが空くのを心待ちにしながら後藤さんのそばに控えていた。
「だぁいじょうぶですよ。へへっ、専門店でもない限り警報装置だけ別電源なんてことはまずありません」
カチャカチャと小さな金属音を立てながら鍵をいじる後藤さんがこたえ、ものの数秒でガラスケースの蓋が開けられた。
「ごたいめーんっ、ささっ! 長嶋さんからどうぞ! 俺は他の鍵も開けておきます!」
開けられたケースの中には指輪やネックレス、ブレスレットなどの貴金属が陳列されており、その下には高校生にとって目の飛び出るような金額が書かれている。
これらは避難所に持ち帰ると更に金額が跳ね上がるのだろう。
「全部はあけるなよ。今回持っていける分だけにしておけ」
嬉々として別のガラスケースへ向かう後藤さんに注意し、長嶋さんは雑な手つきで開いたケースの中の貴金属をごっそりリュックに移していった。
その様子を池田さんが羨ましそうな目で見守っている。
「おいっ、邪魔だぞ新人、ボケッとケースの前に立ってんなよ」
ブランド品のガラスケースを撫でるように見ていた僕に対し、移動してきた後藤さんが悪態をつく。
どうやら開けるケースを厳選しているらしく、ガラスに張り付くようにして値段のカードを見ていた。
「……やはり今回だけじゃ無理だな。残りはまた次回にしてそろそろ引き上げるぞ」
開いたガラスケースからそれぞれが貴金属をリュックにしまったのを確認すると、長嶋さんが号令をかける。
池田さん、後藤さんは名残惜しそうにガラスケースを見ていたが、すでにリュックだけでなく腕全体にもジャラジャラと時計やアクセサリーをつけており、持てる限界であることは傍目にも明らかだった。
「ふん、なんだお前? そんなんでいいのか? せっかくの補給なのによ」
リュックに入れた以外には時計を一つつけてみただけの僕を見て、後藤さんが揶揄する。
別に貴金属に興味は無いし、持ちすぎるといざというとき動きがにぶりそうで嫌だったのだ。
再び先頭にたって進む長嶋さんに付き従い、ゾンビを避けながら1階正面入り口へ向かう。
厄介な形で補給班に参加させられ、少し遠出するという悪運にも見舞われたがどうやら何事もなく帰還できそうだ。
そんな状況に少しだけ安堵しつつ、入ってきた時と同じように開け放たれた出入り口から外へ向かう。
ちょうど最後尾を歩いていた僕が店を出たその時だった。
パパパパパンッッ!!
けたたましい音が連続してあたりに鳴り響いた。
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