第127話 立川奥羽会7
「「「いらっしゃいませぇ~♡」」」
ビルの階段を伸ぼり奥の部屋へ入ると、中ではドレスを着た女性達が立って出迎えてくれていた。
「ささっ! どうぞこちらに!」
ここまで案内してくれた男が先頭にたって店内を更に奥へ案内してくれる。
中はそれなりに広く、薄暗い明かりの元壁際にたくさんのソファとテーブルが並べられていた。
店内に他の客らしき姿はなく、聞こえるかどうかの音量でインストの曲が流れている。
「あの……ここは一体?」
案内されたL字型ソファへ腰掛け男に問いかける。
「谷々さんは年齢的に初めてですかね? ウチは元からキャバクラを経営してまして、この避難所でも働く皆さんの癒しになればと思い以前までと同様に営業させていただいております!」
片膝をついた男がへこへことした動きでごまをする。
「……やっぱりお暇させていただきます」
キャバクラという場所に来たのはもちろん初めてだが、正直あまり良い印象がない。
悪徳政治家や反社会的組織のたまり場になっているイメージだ。
「まままままっ! そう仰らずに! お~い! 君らもこちらのVIPにご挨拶して!」
立ち上がろうとした僕を低い腰のまま押しとどめ、並んでいた女性へ声をかける。
呼ばれた女性たちもその言葉にすかさず反応し、3人ほどが歩いてきた。
「こんにちは~、え~めっちゃかわいい~!」
「はじめまして~入り口で見たときから思ってたけど、君すっごいあたしのタイプだなぁ♡」
「ど、どうも。わた、私はその……」
三者三様の挨拶で近づかれ、特に先の2人の圧に押されるようにしてソファへ座らされてしまう。
「私ぃ、雅って言いま~す。よろしくね♪」
最初に挨拶をしてきた金髪ロングの女性が左側に座り、距離感0で体を密着させてくる。
柑橘系の香水と化粧の匂いが混ざり合い、きつい香りがした。
「あたしはアヤっていうの♡ アヤティって呼んでね!」
2人目のウェーブがかかった黒髪セミロング女性は右側へ座り、こちらもまた距離感0で体を寄せてくる。
こちらは甘い香水の匂いだが、やはり化粧が派手なせいで香りが混ざり合い鼻につく。
2人とも派手な化粧が気になるが、それよりもドレスが極端にミニのせいで正面から下着が丸見えなんじゃないかと心配になる。
しかし、当の本人達はまるで気にしていないようだった。
「わ、私はユウです……」
最後の1人、2人に比べるとかなり大人しい女性は少し離れたところに腰掛けた。
ドレスこそ他の2人同様に派手なものを着ているが、短く切り揃えられた髪に薄化粧の姿はなんだかほっとさせるものがある。
「ハイボールでいい? それとも水割りかな?」
雅と名乗った女性がテーブルの上に置かれたグラスを引き寄せる。
その隣には瓶に入った琥珀色の液体と、銀色の小さなバケツにはいった氷が用意されていた。
「……いえ、未成年なのでお酒は結構です。っというか僕は普通にレストランとかのつもりできたんですが……」
小首をかしげながらのぞき込んでくる女性に答えつつ、テーブル脇の男へ話しかける。
「『商売上』とお伝えしたじゃないですかぁ。こういう店ですと、お客さんもリラックスして色々お話していだけるんですよ。情報収集という目的もあると思いますが、是非楽しんでいってください!」
男はニヤニヤとした笑いを顔に張り付け、それだけ答えるとさっさと店の奥に引っ込んでしまった。
「へぇ~真面目なんだぁ。そういうとこも惹かれるなぁ♡ ねねっ、なんて呼んだらいい?」
アヤと名乗った女性が僕の右腕を抱き寄せて話す。
気づいているのかわからないが、肘に露になっている胸が押し当てられている。
「……谷々です。谷を重ねて谷々。呼び方は……お任せします」
両側からグイグイ来られすぎて逆に引いてしまっている自分に気づく。
人によっては嬉しいのかもしれないが、正直非常に居心地が悪い。
「谷々ちゃんだね! ん~っとそれじゃちょっと味気ないけどぉ、割りもののお茶で乾杯しよっか! お願いしま~す」
雅さんも負けじと反対側の腕を自分の胸へ引き寄せ、フロアに立っていた男性従業員に声をかける。
近づいてきた従業員は何か小さなメモを受け取ると裏に消え、すぐにテーブルへ人数分のグラスとお茶が運ばれてきた。
「私たちのはウーロン杯だけどね♡ それじゃ、かんぱ~い!」
自らの分を早々に手に取った2人がグラスを傾ける。
……郷に入っては郷に従えというし、実際こういうところでしか聞けない話もあるだろう。
覚悟を決め、グラスの中身がお茶であることを確認してから乾杯に応じた。
「……ちょっと、谷々ちゃんが乾杯してくれてるんだよ? あんた何してんの?」
グラスのお茶を一口飲んだところで、雅さんがユウと名乗った女性に対して話しかける。
「えっ、えっと、わ、私は遠慮させていただければとおもいまして……」
急に話しかけられたユウさんは驚きつつも目の前に置かれたグラスに手を伸ばそうとはしない。
「はっ? それってどんだけ失礼なことかわかってる?」
流れを見ていたアヤさんもユウさんに対して剣呑な空気で話しかける。
「あ、あの、その、え~っと……じ、実はお酒が苦手でして……」
困っていた表情のユウさんだったが、何か思いついたような顔の後頭を下げた。
「はぁ? あんたねぇ……」
それでも納得がいかないのか、雅さんとアヤさんは更にユウさんを問い詰める雰囲気だ。
「いいじゃないですか。無理に飲む必要はないと思いますよ」
険悪な空気が加速していくのを感じ、たまらず割り込む。
お酒の席の礼儀なんて知る由もないけれど、無理なことを無理する必要はないだろう。
「……谷々ちゃんがそういうなら」
「……」
明らかに怒っていた雰囲気の2人だが、流石に客の前で喧嘩するわけにもいかないと思ったのだろう。
まだ思うところはありそうだがひとまず矛を収めてくれた。
「あ、ありがとうございます」
ユウさんは申し訳なさそうな顔で謝ると、そのままうつむいてしまった。
……もしかしてユウさんは元々こういった店で働いていたのではなく、生活のために仕方なくここで働いているのかもしれない。
そう思うと最初の男に一言言いたい気持ちになるが、この避難所で生きるというのはそれだけ大変なことなのだろう。
安易な気持ちで立ち入るべきではない。
「なんか空気悪くなっちゃったねぇ。そうだ! お口直しにフルーツ盛りでも食べようよぉ!」
「あはは! 雅ちゃんそれお口直しって言わないよぉ。でも、良い考え♡ お願いしま~す!」
悪い空気を変えるように雅さんから提案が入る。
それに乗っかる形でアヤさんも表情を切り替えた。
一時はどうなることかと思ったがこれでようやく目的の話ができそうだ。
テーブルに運ばれてきたフルーツの盛り合わせをつまみつつ、この避難所についての話を雅さんとアヤさんに聞いていく。
フルーツにすら手をつけずうつむいたままのユウさんにもいくつか質問してみたが、どこか申し訳なさそうな顔をしたまま遠慮がちに笑うだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます