第126話 立川奥羽会6



「……該当者はいませんでしたか」


「はい、残念ですが名簿にお名前はありませんでした」


智さんのカジノをでた後その足で伊世丹へ向かい、受付で名簿の確認結果を聞いた。

結果は該当者なしということで、教えてくれた鐙さんも悲痛な顔をしている。


「ありがとうございました。結果を踏まえて今後どうするかまた考えてみます」

お礼を伝え、伊世丹を後にする。


帰り際鐙さんは「もしお仕事を探されるならこちらでご案内できますからね」と声をかけてくれた。

淡々とした仕事人に見えたが情のある方のようだ。



建物をでると、すでに陽はほとんど落ち夕方から夜へ切り替わっていくタイミングだった。


……これでこの場所にとどまる理由はなくなった。

深夜を納得させるためにお母さんの職場を確認し、その後は一番達の行方を追うのがベストだろうか。


ただ、動くにしてもハルエちゃんが回復しないことには難しい。

少しの間とはいえ、避難所にとどまるなら武器や物資の補充なんかもしたいところだ。

幸い生活費には困らなくて済みそうだが、この避難所の情報はまだまだ乏しい。


できれば奥羽会と関係ない人の話が聞けるといいんだけど……。


考え事をしながらふらふらと歩いていると、いつのまにか共同寝所を通り過ぎ別のビルの前へたどり着いていた。

元々は有名企業のテナントがいくつも入っていたのだろうが、いまとなってはどこも営業などしておらず、明かりが消えたままの窓がただ虚しい。


窓に張られている広告をぼんやり見つめていると、黒いシャツにスキニーのズボンを履いた男がゆっくりと近づいてきた。


「こんばんわ~。今日はもうお帰りですか?」


ニヤニヤとした薄笑いを口元に浮かべ、男は猫撫で声で話しかけてくる。

年齢は若く、ちゃらちゃらしているという形容がぴったりの姿だ。


「えぇ、今日ここについたんです。もう少し避難所を見て回ったら帰るつもりです」


「そうだったんですねぇ! まだついたばかりで色々とわからないことも多いでしょう!? 良かったらご案内しますよ!」

男は薄笑いを顔に張り付けたまま両手でもみもみとゴマをする。

なんというか、直観に訴えかけてくるタイプの怪しさだ。


「ありがとうございます。でも、まずは自分の目で見てまわろうと思いますので」

これは関わらない方が良いだろうと思い、男の誘いをやんわりと断ってその場を離れようとすると


「まぁそう邪険にしないでくださいよぉ。さぁん」

すり寄るように近づいてきた男が、口元に手をあて小声で僕の名前を呼ぶ。


「……なんで僕の名前を?」


「小さな避難所ですからね。変わったことがあればすぐに伝わるもんなんですよ。……なんでも谷々さんは初日から聚楽第に通されるほどのVIPだとか!」

男は相変わらず小声ではあるものの、わざとらしく大げさな口調ではやし立てる。

聚楽第というのが何を指すのかわからないが、これまでの経緯で目立つような行動はあのカジノだけだ。

知らなかったとはいえ、少し迂闊に動きすぎたようだ。


「そんなVIPな方とはできるだけ仲良くしたいんですよ。……つきましては我々の店でおもてなしさせていただきつつ、この避難所についての情報を仕入れていきませんか? 沢山の方に接する商売上、普通の避難民では知りえない情報などもありますから」

話を終えると同時に、男はへたくそなウィンクをしつつビルへと誘う。


……正直胡散臭いにもほどがあるのだが、普通の避難民では知りえない情報というのは気になる。

場合によっては長居することになるかもしれないし、情報は裏表問わず多いに越したことはない。


「……わかりました。ではお言葉に甘えて少しだけ。ただ、僕は見ての通りVIPではなくただの高校生です。お店ってことでしたが、支払い能力はほとんどないと思ってくださいね」


「ご心配なさらず! 今回は初回サービスということで谷々さんのお食事やお飲み物はすべて無料とさせていただきます! 安心して楽しんでいってください!」

男は触れるか触れないかの距離で僕の腰に手を回し、ビルの中へ案内する。


食べものも飲み物も無料とはずいぶん気前のいいことだ。

しかし、食事をしながらの情報収集を『楽しんでいってくれ』とはどういうことだろう?


男の言葉に少しの疑問を覚えつつ、案内されるままにビルの中へ足を踏み入れた。


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