第50話 旅立ちの日に

翌朝、深夜のまぶたは少し腫れ目も赤みが残っていた。

あれだけ泣いたのだから無理もない。


そのことには触れず、昨日同様リビングに移動し乾パンと水で朝食をとりながら今後のことを話し合った。


結果、深夜のお母さんを探しつつ安全な場所を探そうということになり、地域の避難所を目的地と定めた。


この地域は『五十嵐記念病院』という総合病院が避難先に指定されているらしく、以前小児喘息でそこに入院したことのある深夜が場所を把握していた。


病院にたどり着き、避難所として機能していればしばらくはそこが拠点になるだろう。


病院の物資で戦う準備を整えられれば、屋上に戻り残っている一番達を避難させることもできる。

そういう意味では僕の当初の目的とも一致していた。



話を終えた後、僕らは早速家の中にある役立ちそうな道具や保存食を収納にしまいこみ出発の準備を整えた。


途中、深夜が体格に似合わない大きめのリュックを持ってきたので「指輪があるから深夜が何か背負う必要はないよ」と伝えたが「これ、中学生になってからも使えるようにって去年お母さんがくれたものなんだ。なんでもかんでも谷々兄ちゃんに頼るわけにはいかないし、これくらいは背負わせて」と彼なりの意地を見せたので任せることにした。



サクサクと準備を済ませた後、玄関へ移動する。

入ってきたベランダから直接電線に飛び移ろうかとも思ったが、まだ体の小さな深夜にいきなりアクロバティックは求められないと思いなおした。


まずは外に出て適当な電柱を登り、そこから電線伝いに病院へと向かう算段だ。



「忘れものはないかな?」

靴を履くためにしゃがんだ深夜に声をかける。


「……大丈夫」

そう応えたものの、深夜は靴を履き終えても立ち上がろうとしない。

覚悟を決めたとはいえいざ出発するとなれば不安なのだろう。


「……もう少しゆっくりして行こうか?」

僕にはわからない種類の不安だが、こういう時は本人の意思が大切なのだと思う。


「……ううん。もう僕は充分ここにいたから」

弱々しい声色とは裏腹に、はっきりとした意思を示す深夜。

床を見つめ、一つ大きな深呼吸をすると直ぐに立ち上がった。


「そっか。……旅立ちって感じだね」

こんなとき気の利いた言葉の一つでも出てくれば良いのだけど、あいにく僕にそんな語彙力は無い。


「ふふっ、旅立ちっていうのは少し変じゃない?」

弱い気持ちを振り払うためか、少しおどけた声の深夜が問いかける。


「そうかな? ならこれは」

巣立ちかな、と言葉を紡ぐ。


深夜は言葉の意味を噛み締めるように「巣立ち……」と呟き、少し濡れた瞳を手の甲でグシグシと拭っていた。


恐らく、彼がここに戻ってくることは二度とない。

その方が深夜にとっても良いだろう。


薄暗い玄関で深夜の肩をポンと叩き、鍵の空いているドアを開け外の様子を確かめた。

廊下にゾンビの姿はない。


「行こう」


振り返り声をかけ、先に玄関から外へ出る。


すぐに深夜も後ろに続いたが、玄関を出る際一度だけ部屋を振り返り「行ってきます」と小さく声をかけていた。


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