第51話 五十嵐記念病院


「……入り口のあれ、バリケードじゃない?」

病院の向かいにある民家。

電線からその屋根の上に降り、建物を観察していると深夜がつぶやいた。


「みたいだね。避難所とは言え流石に正面玄関を開けっ放しにはしないか」

目を細め、入り口を確認しながら答える。


建物は4階建てで二棟が並び、棟の間を渡り廊下が繋いでいる。

上からみるとアルファベットのHの形になっているだろう。


外壁は薄いピンクで塗られ、正面玄関には黒い文字で『五十嵐記念病院』と書かれていた。

玄関からは雨除けの屋根が伸び、根元は中2階のちょっとしたスペースへと続いている。


……ここまでは電線をつたって来られたので比較的簡単にたどりつけた。

小学生の深夜に電線を歩かせるのは厳しいかと思ったが、教えた側から僕より早く歩けるようになっていた。

子どもの適応力とはすさまじい。



ただ、ここから病院の建物まで続いている電線はないようなので、たどり着くには地上を進まなければならない。


……パッと見地上のゾンビは少ない。

しかし、道路やロータリーに乗り捨てられた車や近くの民家には大量のゾンビが潜んでいるはずだ。


見えないからと言って居ないわけではないのだ。


幸いここに来るまではゾンビと至近距離で遭遇しなかったため、深夜は遠目にしかゾンビを確認していない。

それでも小学生にとってゾンビはそれ自体がショッキングな絵面だったろうし、恐怖も並々ならぬものだったはずだ。


一度深夜に気分が悪くないか確認したところ、血の気の引いた顔で「大丈夫……」と答えていた。

恐らく、今目の前にゾンビが現れたら能力があっても対処できないだろう。



「……どうするの?」

深夜が不安そうな表情で問いかけてくる。


「降りて近づいてみよう。流石にバリケードは動かせないけど、窓や裏口なんかは空いているかもしれない」


「わかったよ。でも空いてなかったら?」


「その時は一旦引き上げてもう一度作戦会議だね。なんにせよここからじゃ情報が少なすぎる」

まずは偵察だ。


だがその前に


「いいかい深夜、ここからは地上を歩いていく。危ない時は僕がエゴで守るけれど、場合によっては深夜にも夜明れんげで協力してもらうかもしれない」


「……うん」

自信の無い返事だ。


「その時躊躇したり、使い方を間違えれば2人とも死ぬ。厳しいかもしれないけど、このことはよくわかっておいて」

怖がらせたいわけでもプレッシャーをかけたいわけでもないのだが、最低限覚悟は持ってもらわなければならない。


「不安だけど……わかったよ……」


……未だ心配そうな様子だがさっきよりはマシか。


「それじゃ行こう」

まずは1人で塀へと移り、そこから地上へ飛び降りる。

そして周囲の安全を確かめた後深夜に目で合図を送った。


合流した深夜とともに病院の駐車場へ侵入したが、中はほぼ満車のため見通しが悪い。

深夜には少し後ろを歩かせ、後方の警戒を任せる。


頭を低くし、車の合間を縫って病院へ近づいていく。


途中、放置されている車の後部座席で死体を貪る中学生くらいの女の子を見つけた。

貪られる死体も、貪る死体も同じピンクの花がついたヘアピンをしている。

……これは親子だろうか。


深夜はその凄惨な光景に悲鳴こそあげなかったが、青ざめた顔で口元を抑えている。


駐車場を通り抜け、更に見通しの良いロータリーを抜けると正面玄関へ辿り着いた。



近くでよく見るとかなり強固なバリケードであることがわかる。

入り口は受付にあったのだろう長椅子やテーブルでガチガチに固められ外からの侵入者を拒んでいた。


「……やっぱり正面からは無理だね。裏に回ろう」

小声で深夜に伝え、正面玄関から建物沿いに裏側へと向かう。


その時だった。



パァン!



という破裂音のような音が先程までいた正面玄関のあたりから響く。


なんの音かはわからない。

というより、そんなことを気にしている暇はない。


奴らが来る――っ

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