第48話 おばあちゃん



「谷々兄ちゃんすごい!!」


部屋での話を切り上げ2人でリビングに移動し、テーブルの上に指輪から二人分の水と非常食を出した。

どうやら少年は指輪の収納を使ったことが無いらしく、ゲームのような現象にただ驚いていた。


少年は真坂深夜まさかしんやと名乗った。

現在11歳で、近所の小学校に通っていたらしい。


通っていた、と過去形なのには理由がある。


深夜はここ数か月の間学校に行かず家で引きこもる生活をしていたようなのだ。

一応それとなく理由を聞いてみたが、触れてほしくないのかはぐらかされてしまった。


過去の傷を無理やり聞くほど野暮じゃない。

誰だって人に話したくない過去の一つや二つあって当然だろう。


「深夜君は向こうでどんな生活をしていたの? 小学生が一人で生き残るのは大変だったろうに」


「深夜でいいよ。親切なおばあちゃんに助けてもらって一緒に暮らしてたんだ」

深夜は乾パンを一つ手に取り、ビスケットみたいだねと言いながら口に含んだ。


「おばあちゃん?」


「うん。光に包まれて、気づいたら全然知らない森の中にいたんだ。昼なのに薄暗い森でさ。怖くて動けないからその場でずっと泣きながら座り込んでたの。そしたら急に『どうしたんだい?』って優しい声が聞こえてさ。顔をあげたら知らないおばあちゃんが立ってた」

当時のことを懐かしむように話す深夜。

小学生がいきなり見知らぬ土地に飛ばされ、帰り方もわからないとなればさぞ心細かったことだろう。


「おばあちゃんは『かわいそうに』って一言いった後、優しく抱きしめてくれたんだ。それがすごく暖かくて、また泣いちゃった。僕が泣き止むのを待っておばあちゃんは森の中にある自分の家に連れて行ってくれてね。帰る方法が分かるまでずっと居ていいよって言ってくれたの」


「優しい人に出会えたみたいだね。じゃぁそれからはずっとその家で暮らしていたってこと?」


「そうだよ。最初の頃は家の外に出ることもできなかったし、おばあちゃんともあんまり話せなかったんだけど、それでもずっと優しくしてくれたんだ。あんなに良い人はいないよ」

乾パンに口の中の水分を持っていかれたのか、少しせき込んだ深夜は慌てて水を口に含んだ。


「けほっ……それでね。だんだん家に慣れて、近くなら外にも出られるようになってきたから、それからはおばあちゃんのお手伝いをして一緒に暮らしたんだ。おばあちゃん腰が痛いみたいだったから、水くみなんかのお手伝いはすごく喜んでくれたんだよ」

嬉しそうな顔で話す深夜の顔からはその老婆の暖かさが伝わってくる。

知ってはいたが異世界人の人間性もピンきりだ。


「エゴのこともおばあちゃんから教わったんだ。僕みたいな他の世界から来た人のことを『しょーかんしゃ』って呼ぶみたいなんだけど、その人たちはみんな特別な力を使えるんだよって」


なるほど、深夜にエゴのことを教えたのはその老婆か。

エゴを使うにはその能力を自覚しなければならない。

城にあったようなカードか、それに準ずるなんらかの手段があるのだろう。


「初めて《夜明れんげ》を使った時はびっくりしたな。超能力者みたいなんだもん。でもおもしろくていろんなことを試してたらだんだん疲れてきちゃってさ。最後には使えなくなっちゃった。おばあちゃんはそれを『マナ切れ』って言ってた」


「マナ切れになるまで使うなんて随分と乱発したね。召喚者の使うエゴはマナの消費が少ないから、相当使わないとそこまで行かないんだけどね」


「あー、なんかおばあちゃんもそんなこと言ってたかも。僕の《夜明れんげ》は大きさとか硬さとかどこに出すかとかを選べるんだけど、自分より遠くに硬くて大きな壁を出すとすぐ疲れちゃうんだよね」


どうやら深夜は自分の能力を色々と試していたらしい。

実際異世界で生き残るには自分の能力を詳しく把握することが大切だ。深夜はそれを子どもながら無自覚に行っていたのだろう。


「どれくらいの距離なら壁を出せるの?」


「んーと。だいたいこのリビングの端から端までくらいかな。大きさもこの部屋と同じくらいまで出せるよ」


おおよそ10m先に7,8m四方というところか。

移動式のセーフティゾーンが作れるなんて便利だと思ったが、大きい壁はすぐ疲れるということだからそういった用途には向かないようだ。


「向こうでの生活はわかったよ。あの世界に行ったこと自体は運が悪かったのかもしれないけど、過ごした環境は深夜にとって悪くなかったのは重畳ちょうじょうだったね。ところでこっちに戻って来てからの話なんだけど」

話を切り出した途端、深夜の顔があからさまに曇る。

どうやら好ましい話題ではないようだが現状を把握してもらうためにこの話題は避けて通れない。


「今外がどうなっているか、どのくらいわかってる?」


「……具体的なことは何も知らないよ。こっちに戻って来てからさっきの部屋とキッチンをいったりきたりしてただけだからさ」

先ほどまでのほころんだ顔が嘘のように陰鬱な雰囲気だ。


「そうなんだね。となるとどこから話したものか……」

悩む。

外の世界はほとんど滅んでしまっていて、ゾンビが跋扈ばっこしているなんて話を小学生にそのまましていいものだろうか。


もちろんいつまでもこのマンションに居続けられるわけじゃないから、いずれは事実を知らなければいけない。

それでも自分の口から小学生に世界の終わりを告げるのは少し気が重かった。


うーん、となるべくマイルドな伝え方を考えていたところ


「……なんとなく何かが起こったのはわかるよ。ずっと部屋にいても色んな音は聞こえてたから、何かおかしいってことくらいはすぐわかった。それに」


深夜の顔がより暗く沈んでいく。




「お母さん……ずっと帰ってこないんだもん」



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