第47話 吉祥寺の少年



「……急にごめんね。でも怪しい者じゃないよ」


「嘘だ! 勝手に入ってくるな! 帰れ泥棒!!」

とりあえず無害を主張してみたものの、努力むなしく少年の反応は完全なる拒否だった。

まぁ知らない大人がいきなり家に入ってきて警戒しないほうがおかしい。


「泥棒って言われるとあんまり否定できないけど、悪い人ではないよ」


なんとか説得しようとした結果よくわからない言い訳をしてしまう。

生来の正直者がでてしまった。


「やっぱり泥棒じゃないか! 泥棒は悪い人だ!!」


少年は怯えながらもはっきりとした口調で拒絶している。

長く伸びた前髪のせいで表情が掴みづらいが、恐らく必死の形相で睨んでいるだろう。


「まぁそれはそうなんだけどね。でも外がこんな状況だと泥棒にも仕方ないところがあるっていうかなんていうか……」


「う、うるさい! 泥棒が仕方ないってなんだよ! それに外がどうしたっていうんだ! わけわかんないことばっかり言うな!」


少年は(主に僕のせいで)非常に興奮しておりとりつく島がない。

しかし、その言葉から若干の違和感を覚える。


……もしかして外の異変を知らないのだろうか?


「……君、最近外に出た?」


「な、なんだよ。そんなのお前に関係ないだろ! 早く出て行けよ!」


少年は少しうつむいて答える。その顔はあからさまに動揺していた。

なるほど……この子は外の異変を知らないのだ。


そうなるとより説得は難しい。

なんせこの子にとって日常はまだ平和なままだ。

いきなり家に入り込んできた大人なんて悪人以外の何者でもない。


まずは変に高めてしまった警戒心を下げないと話もできないだろう。


なにかとっかかりはないか……。

そう思い部屋の中を見回す。


先ほど調べた部屋とつくりはほぼ一緒のようだが、こちらにはベッドの脇に本棚が置いてあった。

棚にはたくさんの漫画が並べられており1巻から順にきっちり並べられている。


そういえば以前『本棚を見ればその人がわかる』という話を聞いた。


本棚の中は漫画が中心にそろえられており、最近ジャンプで良く見るタイトルが並んでいる。


本の帯までつけたまま保存しているところをみるときっちりした性格なのだろう。

しかし、それを本人に伝えたところで余計に怪しまれるだけだ。


そんなことを考えながら本棚の中身をなぞっていると、綺麗な背表紙の中にひとつだけ日焼けした古い漫画が並んでいるのを見つけた。

何度も読んだことが分かるくたくたの表紙、帯もその漫画だけはついていないようだ。


そのタイトルを確認し、視線を少年に戻す。


「随分古い漫画だけど『すてぃる ひーろー』好きなの?」


少年がうつむいていた顔をあげる。

はっきりとは見えないが、会ってから初めて敵意以外の視線を向けてくれたようだ。


「……『すてぃる ひーろー』知ってるの?」

それまでの攻撃的な言葉では無く、こちらに対する興味が感じられる雰囲気だ。


「発売された当時から見てたよ。主人公の『ボク君』が好きだったんだ」


「!! この漫画知ってる人いたんだ! 僕も『ボク君』好きだよ! 主人公のくせに全然弱いんだけど絶対にあきらめないんだよね!」


途端に少年の態度が180度変わった。

前髪で目が隠れていてもわかるくらいきらきらとした笑顔で話している。

よっぽど『すてぃる ひーろー』が好きなのだろう。


「そうだね。僕もあのあきらめない姿勢が好きなんだ。特に最後のひと踏ん張りって時に使う決め台詞の」


「「世の中にヒーローなんていない! だからボクがヒーローになるんだ!!」」


少年とセリフが被った。

それが嬉しかったのか少年は口元を緩める。


どうやら作戦は成功したようだ。

最初に比べると随分と警戒を解いてくれたようだ。

これなら話くらい聞いてくれるだろう。


「改めて、急に家に入ってしまってごめんね。本当に悪気はなかったんだ」


「……わかったよ。『ボク君』が好きな人に悪い人はいないから、それは許してあげる」

そう言うと、少年は右手で目の前の空間を撫でた。


その瞬間パキンッという何かが割れたような音が鳴り、空間を閉ざしていた不可視の壁がなくなる。


「驚いたでしょ? これエゴって言うんだけど超能力みたいなものでさ。……信じないと思うけど異世で手に入れた能力なんだ。その世界には他にも魔法なんかがあって」

少年はそれまでとは打って変わり饒舌に話しはじめた。


……やはりこの壁はエゴによるものだったか。


「いや、異世界のことは説明しなくて大丈夫だよ」


僕の言葉が意外だったのかきょとんとした表情になる少年。


「僕も、エゴが使えるからね」

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