第46話 後悔


パリンッ


小さな音を立てて窓ガラスが割れた。


脱いだ靴下に小銭をいれ遠心力を加えて叩きつければ即席のハンマーになる。

以前テレビでやっていた護身術の特集を見て覚えたのだがこんな形で使うことになるとは。


音に反応して出てくるものがいないか確認し、割れた部分から手を差し入れて内鍵を開ける。

そしてカラカラと滑りの良い窓を開け室内へと侵入した。


どうやらここはリビングらしい。

壁紙から家具まで白と黒で統一されたモダンな雰囲気の部屋で、整理整頓もキチンと行われている。


中は荒らされた形跡こそないが生ゴミのような腐った臭いと死臭が漂っている。

……しばらく換気されていないのだろう。


死臭のほうはもはや珍しくもないが、生ごみの臭いは今後の食料調達が難しくなることを予感させ少し憂鬱な気分になった。


無事な食べ物はないかとキッチンに移動し冷蔵庫の中を物色したが、開けたことを後悔しただけだった。


他に何かないかと流し台の方を探すと、作りかけの何かがフライパンの上に乗っていた。

かなり焦げており原型はわからないが何かしらの卵料理だろう。

流石にこれは食べられないな……。


キッチンでは何も見つからないかに思えたが、流し台の下の収納から即席麺などの保存食を見つけられた。


一応指輪には保管庫で手に入れた非常食が結構な量あるが、それだけでは流石に飽きる。


指輪のおかげで荷物が増えるということはないため、こういった物資はあるだけ回収しておくべきだろう。


キッチンの確認を終えリビングの奥にあるドアを少し開けて廊下を確認する。


ここから先は少し用心しなければならない。


窓が割られておらず、エントランスが閉まっていても元の住人がゾンビになっていない保証はない。


狭い室内では逃げるのも戦うのも少々困難だ。


「アネッロ」

収納から聖水の瓶を2つ取り出しいつでも投げられるように指で挟む。



ゆっくりとドアを開け薄暗い廊下を進む。

部屋は廊下の脇に左右で3つあった。


最初の扉はお手洗いだったため簡単に確認を済ませ、少し進んで右側の扉を開けた。

中は6畳ほどの部屋で、奥の壁に接するようパイプベットが置かれている以外何も見当たらない。


ドアを引き中に入るとベットの反対側にクローゼットがあった。

一応中を確認したが、開けなくてもよかったなと再び後悔した。



廊下に出てから後ろ手に部屋のドアをしめ正面にある最後の部屋のドアノブに手をかける。


そして中を確認するために少しだけドアを開いたところ



「《夜明れんげ!!》」



という声とともにドアが弾かれたように一気に開いた。


咄嗟に体を捻って直撃は回避したが、ドアノブを握っていた手が弾かれてジンジンと痛む。



……何が起こった?

突然のことに後退しつつ聖水を構えるが、開け放たれたドアの先には誰もいない。


更なる動きがないか少し待ってみたもののそういった変化もない。


……誰もいない? いや……ドアが弾かれた時たしかに何者かの声を聞いた。

ということは角度的に見えないだけか……?



「……大丈夫です。ゾンビではありません。怪しくもないです」

姿の見えない相手に話しかけてみる。

咄嗟のことでなんだか日本語がおかしくなってしまった。

そりゃ怪しいやつが自ら『怪しいです』とは言わないだろう。



しかし、待ってみても返事は返ってこない。


やはり警戒されてしまっただろうか。

まぁ顔すら見せずに怪しくないと言っても信用にかけるか。


そう思いゆっくりと部屋の入り口に近づきいよいよ中に入ろうという瞬間、足が何か硬いものにぶつかった。



「えっ?」



思わず声が出てしまう。

なにせ何かにぶつかったのにも拘らず、そこにはのだから。



部屋と廊下を分ける出入り口、そこに見えない壁のようなものがある。


手のひらでペタペタと触ることもできるのに全くの不可視だ。

きっと僕の動きは反対側から見ると熟練のパントマイムのように見えるだろう。


触った感触はコンクリートに近い。

熱くなく冷たくもないが非常に硬い感触だ。


不思議な感覚に色々と試行錯誤していると、部屋の奥から声が聞こえた。




「出て行け! 入ってくるな!!」



そこには目元まで前髪を伸ばした小学生くらいの男の子がいた。

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