第45話 吉祥寺
ゾンビの闊歩する街中の移動手段として、空中に張り巡らされた電線を歩いて移動することにした。
一応通電されていないか確認するために非常階段に居たゾンビを殺し、電線に投げつけてみたが感電する様子はなかった。
最低限の確認はしたものの、それでも電線に触れる時は若干緊張した。
ギチッギチッ、と一歩進むたびに電線は軋んだ。
置いてあった清掃道具で命綱を作ってはいるが踏み外さないに越したことはない。
足元の電線よりさらに下、地面には僕に気づいていないゾンビ達がふらふらと歩いている。
出発してからそこそこの距離を歩いたがまだ吉祥寺の中心からはそう離れられていない。
いきなりゾンビに襲われることはなくなったものの、安全と引き換えにスピードがだいぶ落ちてしまった。
このスピードでは一駅分歩くだけで通常の倍はかかるだろう。
そこはかとない不安を感じながらも現状ではこれ以上の手段が思い浮かばない。
できないものはできない。
そうやって割り切ることも大切だ。
気を取り直して周囲を観察しながら歩いていく。
まだ背の高い建物が多く見える範囲はかなり狭い。
時折ガラス張りの商業ビルを見つけては中を覗き込んでみたが、そのすべてのフロアにゾンビがうろついていた。
……日本中がこうなってしまったのだろうか。
スマホの電源が切れてしまった今、それを確認するすべはない。
しかし、現状を見る限り少なくとも吉祥寺の街はゾンビの群れに飲み込まれている。
特別な思い入れのある街では無いがそれでも滅んでしまうと少しだけ寂しい気持ちになった。
廃墟となっている商業ビル郡を通り過ぎ、大通りを三鷹方面へと歩いていく。
……しかし突然大変なことになったものだ。
屋上を出て、黙々と歩いているとさまざまな考えが浮かんでくる。
ついこの前までは就職だ進学だと騒いでいたはずなのに、今は生き残るだけで精一杯だ。
そんな世界は残酷かもしれないが、生きるとは本来こういうことなのかもしれない。
そういった生き方を肯定し歓迎する人もいるだろう。
そして反対に、そんな日々を送るくらいなら死んだほうがマシだと言う人もいる。
実際、騒動初日にfsitterを見ていたら『ゾンビに喰われるくらいなら死んだ方がマシだ!』という人も少なくなかったし自殺配信をする者までいた。
……僕はどっちだ?
すくなくとも自殺配信なんてものを見て触発されたりはしなかった。
しかし、ただ生きる残るために生きるというのもどうなんだ……?
「……まぁ、それはこんな世界になっていなくても同じか」
暇を持て余し、とりとめのない自問自答をしながら先へ進む。
そしてしばらく進んだところで少し立ち止まり、首をほぐすようにゆっくりと一周させた。
どうしても足元を見ながら進んでしまうため首が凝ってしまう。
「ふぅ……」
一つため息をつき空を見上げる。
世界がこんなことになっても、空の青さだけは何一つ変わらないようだ。
休憩を挟みつつ歩いていくと、ようやく中心部から外れ背の高いビルが無くなってきた。
この視界なら避難できそうな場所が見えるかもしれない。
そう思い立ち止まって遠くを見渡す。
このあたりは2.3階だての戸建てが多いが、ぱっと見る限りほとんどの家の1階の窓は割られドアまで開けっぱなしだ。
騒動の際に荒らされたり、逃げる時に閉め忘れたのだろう。
特に吉祥寺の一軒家など火事場泥棒からしたら宝の山に見えたはずだ。
他所の地域よりもそういった人為的被害は多かったかもしれない。
……侵入経路が多い家での休息はリスクが高すぎる。
荒らされていない建物はないかと視線を動かしていくと一軒のマンションが目に止まった。
5階建ての白い壁面、通りに面したバルコニー、窓ガラスが割れていないし、オートロックのおかげでエントランスも閉まっている。
現状考えられるベストな環境だ。
今夜はあそこで休んでいこう。
まるで旅の途中に良い宿を見つけたような気軽さだが、こんな状況のおかげでもはや人の家に侵入するというモラル的ロックはなくなっていた。
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