第44話 再びの屋上
パァン!
という小さな破裂音のあと、掌にじんわりと痛みが広がっていく。
ゆっくりと屋上のヘリに捕まった右手を起点にして体を持ち上げる。
「高所恐怖症じゃなくてよかった……」
たどり着いた隣のビルの屋上であおむけに体を投げ出す。
まだ正午くらいだろうか、高い位置にある太陽が強い日差しを全身に浴びせる。
「「「ゔぁああぁあぁあ!!!」」」
奇声とも、怒声ともとれる声が響く。
横になったまま頭だけ起こし、足元の先を見つめた。
そこにはここまで追いかけて来たゾンビの群れがいる。
群れは僕を喰おうと必死に屋上の端から空中に身を投げ、次々と地面に落下していた。
流石にこっちまで辿り着くジャンプ力はないようだ。
念のため最前列のゾンビを倒し群れの速度を殺しておいたが必要なかったかもしれない。
その後も理性が無いゆえに踏みとどまることを知らない奴らはぼとぼとと屋上から飛び降りていく。
……今頃ビルの下はとんでもないことになっているだろう。
気持ち悪い想像をしてしまった。
なおも続くゾンビの投身自殺から視線を外し、改めて空を仰ぐ。
雲一つない、というほどではないが今日も気持ちの良い天気だ。
今年は梅雨の割に雨が少なかったので天パの僕にとって過ごしやすい年だったんだけどな。
そんな現実逃避をしつつ体の調子を確認する。
足に負担をかけすぎたがどうやら怪我はしていない。
ぱんぱんになった太ももが筋肉痛を予感させる。
部活にも入らず、鍛えているわけでもない自分が走って逃げきったのだ。
筋肉痛くらいで済むのなら上等だろう。
ゆっくりと上半身だけを起こし、制服の上から太ももをマッサージする。
正式なやり方など知らないがやらないよりマシだろう。
視線を再び隣のビルに移すとちょうどゾンビの列が途絶えるところだった。
どれだけいたのかわからないが、この周辺のゾンビを少しは減らせたのではないだろうか。
もちろん、吉祥寺だけで14万人も人がいるのだから、全体からすると微々たるものだろうが。
太もものマッサージを終え、お尻についたほこりをはたき落として立ち上がる。
……やはり足は熱を帯びたままだ。
しばらくは走れないだろう。
なんとか休める場所を探さないといけない。
しかし、この雑居ビルの中にもおそらく大量のゾンビがいる。
かといって走れない身体でふらふらと街中に出ていたらすぐに喰われるだろう。
「……うーん」
どうしたものかと首をひねりあたりを見回すと、屋上の端に清掃道具がおいてあるのを見つけた。
近づいて確認するとどうやら窓ガラスを外から掃除するための道具だ。
ブラシや洗剤のほかに金属製のフックが付いたロープや謎の工具がたくさん置いてある。
持ち主は逃げたか、あるいは喰われたか。
少なくとも屋上でふらふらしている影は見当たらない。
……これを使って降りたら少なくとも室内は通らなくて済むかな?
そんなことを考えてロープを手に取り、屋上から下をのぞき込む。
地面までビル7階分の高さがあるものの、ロープを命綱にすれば降りられなくはない。
しかし、その降りるべき地面には目視だけでも数十体のゾンビが蠢いている。
さきほどの音で近くにいたゾンビが集まってしまったのか。
このままでは地面に降りるどころかビルからも出られない。
ゾンビが居なくなるまでここで過ごすのが無難だろうか……。
そんなことを考え始めたあたりでふいに視界の端にあるものが止まった。
それは屋上と地面の間にあり、町中に張り巡らされているインフラストラクチャー。
「……電気ってもう止まってるよね?」
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