第36話 屋上・サバイバル・デッド8


「全部……ですか」


「全部だ。なにか問題でもあるのかね? 今しがた一丸となってやっていこうという話をしたところなのに、まさか物資を独り占めしようだなんて言わないだろうね?」

教頭の目つきが鋭くなり詰め寄るように顔を近づけてくる。

黙って従え、とその目が語っていた。


「いえいえ、食料を共有することについては僕も賛成ですよ。むしろ僕自身持っていたくないって気持ちまであります」

両の掌をひらひらとさせ反意が無いことを示す。


「ただ、全部というには難しい問題があるんです。まず、この指輪は外すことができません」


そういって指輪を左手でつまみ、ピクリとも動かないように見せる。


「はずれない……ふむ……」

教頭が怪訝な表情で指輪を見つめる。


「本当です。この指輪は僕たちが向こうに飛ばされた時、全員がいつのまにかつけていました。その場で外そうとしたんですが、どれだけ力を込めても外れなかったんです。だからある意味呪いのようなものが込められていると僕らは感じてました」

と一番がフォローをいれてくれた。


「……そうですか。それなら仕方ありません。なら中に入っている物だけで良しとしましょう」

意外にも教頭はあっさりと指輪を諦めてくれたが、流石に中身まではそうもいかないらしい。


「もちろんです」

そう言って調達してきた食材や、包丁や鍋などの調理器具をその場に全て並べる。


「……これで全部ですか?」

しかし、教頭は不満の様子で訪ねてきた。


「役に立ちそうなものはこれで全部ですね」


「本当ですか? どうも生徒の話だと他にも使えそうなものを持っているようでしたが」

松風の話を聞いたのだろう。

……聖水のことはバレているか。


「聖水のことですか? それならあと1瓶ありますけど、量が少ないのでゾンビ避けになるほどじゃないですね。あとは向こうで使ってた雑貨や仕事道具ならありますけど……」


そう言って墓守の仕事で使っていた道具類をその場に取りだした。


「んぐぅっ!?!?」


その瞬間、異臭、というか激臭が周囲に広がった。

取り出したのはグール避けに使っていた汚泥ネズミの死骸や、調合用に揃えていた寝落猿の脳みそ、豹狗の糞、豚頭鬼の熟成レバーなどの強い臭いを発する素材ばかりだ。


慣れていない人間ならどれかの臭いを嗅いだだけで吐き気がし、涙目になる代物だ。


それを同時にこんな近距離でだされたらたまったものではないだろう。


「う……ぐおぇ……!」

教頭が口と鼻を抑えて一気に数m離れる。

一番や四方田さん達も悲鳴をあげて距離を取っていく。

ちょっと悲しい。


「な、な、なんだねそれは!!」

鼻をつまんだ教頭が声をはりあげる。


「なにって、この指輪の中身ですよ。渡せって言ったじゃないですか」

僕自身初めてこれらの物品を取り扱った時は流石に吐きそうだったが、人間慣れるもので1年後には気にならなくなっていた。


「しまいなさい! 早く! 鼻がまがりそうだ!!」

だいぶ離れているのにまだ臭うのか、教頭は必死な顔で叫んでいる。


「え? しまうんですか? でも、これも貴重な物資ですし先生が管理されるべきかと思うんです。他にもですねぇ……」


そう言ってリストを起動させようとしたところ


「もう結構! それは君が管理していい! だから早くしまいなさい!!」

その言葉を聞き、出していた激臭セットをさっと収納し直す。


しかし、臭いまでは収納できないのでその場には嫌な臭いが残ってしまった。


「まったく! なんて生徒だ!! ほら、君たち! 食料は確保できたからまずはもう出来上がっているものだけでもありがたくいただきなさい! 私は……少し後でもらうから……」


まるで自分が取ってきたような物言いだったが、流石にあの臭いを嗅いだ直後に食事をとる気にはならなかったのだろう。



ふと見ると、遠ざかっていた一番が小さくサムズアップしているのが見えた。

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